2006年09月11日

No. 87

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.87 2006/09/09

------短期連載シリーズ------------------------
タンピエの禁令とその周辺(その1)

数回にわたり、中世思想史家アラン・ド・リベラによる大著『理性と信仰−−ア
ルベルトゥス・マグヌスからヨハネ=パウロ2世までの危機の考古学』("Raison
et Foi - Archeologie d'une crise d'Albert le Grand a Jean-Paul II", Seuil,
2003
)をベースに、13世紀のパリに生じた「知的危機」について考えてみるこ
とにします。リベラのこの本は、1980年にヨハネ・パウロ2世が行った理性と
信仰の対話の呼びかけにいたるまで、西欧世界に通底してきた理性と信仰の対立
という問題について、それを事実上初めて社会的に浮上させた1277年のタンピ
エの禁令の周辺を検討しながら、両者の対立構造に鋭く迫った一冊です。なるほ
ど教会制度の中での理性と信仰の二元論的対立は、確かにタンピエの禁令が一つ
のメルクマールをなしているわけですが、リベラはそれを招いた思想圏の先駆者
としてアルベルトゥス・マグヌスを取り上げ、さらには13世紀の思想界に影響
を及ぼしたとされるアヴェロエス思想などを検討していきます。

まず予備的な復習をしておきましょう。そもそもタンピエの禁令というのは何
だったのでしょう?歴史的には、アリストテレス思想が持ち込まれて生じた、教
会の教えとの齟齬について、教会側がその態度を決定したものだ、とされます。
禁令を発することになるエティエンヌ・タンピエは当時のパリの司教で、パリ大
学が盛んに取り上げていたアリストテレス思想の「行き過ぎ」に対して、禁令と
いう形で攻撃を加えたわけですね。1277年の禁令の序文として、タンピエが記
した書状があるのですが、そこで最も明確に糾弾されているのが、いわゆる「二
重真理説」です。「彼らは哲学的には真だが、神学的には真でないなどと、まる
で二つの真理があるがごとく、また聖書の真理に対し、断じられる異教[哲学]に
真理があるかのごとく言うのです」などと書かれています(ダヴィッド・ピシェ
編『1277年のパリの禁令』(Piche, "La Condamnation parisienne de 1277",
J.Vrin, 1999
)。

そればかりではありません。1277年の禁令は219ヵ条にものぼりますが、これ
に先立つ1270年に、タンピエは13ヵ条の禁令を出しています。いわば1277年
のものの先駆をなすその13ヵ条の禁令が断罪するのは、(1)知性単一説、(2)人
間の意思の決定論、(3)世界の永遠性、(4)神の摂理の否定、といった議論に集約
されます(川添信介『水とワイン』、京都大学出版会、2005)。

上の『水とワイン』は、タンピエの禁令前後の状況について詳述した、日本語で
読める数少ない書籍の一つですが、それによると、アリストテレスの著作は
1210年頃には焚書の対象に挙げられていたといいます。とはいえ、その場合の
「読んではならない」というのは、大学の講義に取り上げてはならないというこ
とだったらしいのです。とはいえ、1230〜40年代にもたびたびそうした焚書命
令が出されていることからして、実際にはそれらの著作の研究が神学者たちに
よって進められていたことが窺えます。転機が訪れるのは1250年代で、55年に
はパリ大学の公式カリキュラムにアリストテレスの著書がほぼすべて取り入れら
れました。そして、アヴェロエスによるアリストテレス解釈の洗礼を受けた、い
わゆる急進派(ブラバントのシゲルスなど)が台頭するのが1260年代後半とな
ります。ボナヴェントゥラがそれら急進派を批判する文書を矢継ぎ早に出すのも
このころなのですね。

そうした動きの延長上に、タンピエの禁令が来るわけです。上のピシェの本によ
れば、1277年、教皇ヨハネ21世の命をうけて、タンピエは、ガンのヘンリクス
などを含む16人の神学者から成る「調査団」を作り、文献の調査に乗り出しま
す。理性と信仰との戦いはこうして火ぶたを切って落とされた……ということに
なるのでしょうか。以上が大まかな背景です。これらを踏まえつつ、当時の状況
をめぐるリベラの本の議論に入っていきたいと思います。
(続く)


------文献講読シリーズ-----------------------
グイド・ダレッツォ『ミクロログス』その15

今回は12章と13章の前半を読んでみます。

# # #
Capitulum XII
De divisione quattuor modorum in octo

Interea cum cantus unius modi, utpote proti, ad comparationem finis tum
sint graves et plani, tum acuti et alti, versus et psalmi et siquid ut diximus,
fini aptandum erat uno eodemque modo prolatum, diversis aptari non
poterat. Quod enim subiungebatur si erat grave, cum acutis non
conveniebat; si erat acutum a gravibus discordabat. Consilium itaque fuit
ut quisque modus partiretur in duos, id est acutum et gravem,
distributisque regulis acuta acutis et gravia convenirent gravibus; et
acutus quisque modus diceretur autentus, id est auctoralis et princeps,
gravis autem plaga vocaretur, id est lateralis et minor. Qui enim dicitur
stare ad latus meum minor me est, caeterum si esset maior ego aptius
dicerer stare ad latus eius.
Cum ergo dicatur autentus protus et plagis proti et similiter de reliquis,
qui naturaliter in vocibus erant quattuor in cantibus facti sunt octo. Abusio
autem tradidit latinis dicere pro autento proto et plagis proti primus et
secundus, pro autento deutero et plagis deuteri tertius et quartus, pro
autento trito et plagis triti quintus et sextus, pro autento tetrardo et plagis
tetrardi septimus et octavus.

第13章
4つの旋法の8分割

 一方、一つの旋法、たとえばプロートゥスの歌において終止音を比較すると、
低く平坦な音のこともあれば、鋭く高い音の場合もあるが、先に述べたように、
唱句や詩篇の一節などは、終止音においていずれかの同じ旋法に適合しなくては
ならず、複数の旋法に適合させることはできない。付加される音が低い音である
場合、高い音(の歌)には適合しないからである。高い音である場合、低い音に
対しては不調和になるだろう。こんなわけで、それぞれの旋法を高低で二つに分
割し、高い音は高い旋法に、低い音は低い旋法に適合するよう定められたのであ
る。高い旋法は正格と言う。つまり正しく原理に則っているという意味だ。低い
旋法は変格と言う。つまり副次的で短躯という意味だ。私の傍にあると言われる
ものが私に対して短躯なのであり、他のものが私よりも長躯ならば、むしろ私が
それに対して副次的だと言うほうがよい。
 よって、正格のプロートゥスとか、プロートゥスの変格などと言う場合、音に
おいて自然に4つあるとされた旋法は、歌において8つあることになる。ただ
し、ラテン語において、正格のプロートゥスや変格のプロートゥスに対して第
一、第二旋法と言ったり、正格のデウテルスと変格のデウテルスに対して第三、
第四旋法、正格のトリトゥスと変格のトリトゥスに対して第五、第六旋法、正格
のテトラルドゥスと変格のテトラルドゥスに対して第七、第八旋法と称するのは
誤用である。


Capitulum XIII
De octo modorum agnitione acumine et gravitate

Igitur octo sunt modi, ut octo partes orationis et octo formae
beatitudinis, per quos omnis cantilena discurrens octo dissimilibus
qualitatibus variatur. Ad quos in cantibus discernendos etiam quaedam
neumae inventae sunt, ex quarum aptitudine ita modum cantionis
agnoscimus sicut saepe ex aptitudine corporis quae cuius sit tunica,
reperimus, ut

[CSM4:151; text: C, D, E, F, G, a, [sqb], Primum quaerite regnum Dei]

Mox enim ut cum fine alicuius antiphonae hanc neumam bene viderimus
convenire, quod autenti proti sit non opus est dubitare; sic et de reliquis. Ad
hoc etiam plurimum valent et versus nocturnalium responsoriorum et
psalmi officiorum et omnia quae in modorum formulis praescribuntur, quas
qui non novit, mirum est si quam partem horum quae dicuntur, intelligit. Ibi
enim praevidetur quibus in vocibus singulorum modorum cantus rarius
saepiusve incipiant et in quibus minime id fiat, ut in plagis quidem minime
licet vel principia vel fines distinctionum ad quintas intendere, cum ad
quartas perraro soleat evenire. In autentis vero, praeter deuterum, eadem
principia et fines distinctionum minime licet ad sextas intendere; plagae
autem proti vel triti ad tertias intendunt, et plagae siquidem deuteri vel
tetrardi ad quartas intendunt.

第13章
高低による8つの旋法の識別

 このように旋法は8つとなる。ちょうど文が8つの部分に分かれ、至福の形式
が8つあるように。それら旋法によって、あらゆる歌は8つの異なる性質のいず
れかに分かれるのである。それらを歌において見分けるため、いくつかの旋律が
考案されてきた。それらと一致すれば、歌の旋法が認識できるのである。ちょう
ど身体の合うかどうかで、どれがその人のチュニカかわかるように。次の例をみ
よう。

(図)(http://www.medieviste.org/blog/archives/guido05.html)

 アンティフォナの末尾とこの旋律が見事に一致することがわかった場合、それ
がプロトゥスの正格であることはほぼ間違いない。ほかについても同様である。
夜課のレスポンソリウムの唱句やミサでの詩篇など、旋法の様式で規定されたす
べての歌では、この方法が最も有効だ。それを知らない者が、ここで言われてい
るいずれかのことを理解できたら、それは奇跡である。というのも、そうした方
法があればこそ、多少とも単一の旋法の歌がどの音で始まっているか、どの音で
始まることはないかが予め分かるからだ。たとえば変格において、フレーズの最
初や最後で5度上昇することはまずできない。ただし、ごくまれに4度上昇する
ことはある。逆に正格の場合、デウテルスの場合をのぞき、フレーズの最初や最
後で6度上昇することはまずない。一方、プロトゥスやトリトゥスの変格では3
度上昇したりする。デウテルスやテタルドゥスの変格では4度上昇したりする。
# # #

図は例によって伊語訳本からのものです。

教会旋法の話が続いています。前に出てきた基本的な4つの旋法が、ここでは8
つに「拡張」されています。4つの旋法は、ドリア、フリギア、リディア、ミク
ソリディアのそれぞれのことでした(グイドはそういう名称は使っていません
が)。これらが正格といわれるもので、それに対してヒポドリア、ヒポフリギ
ア、ヒポリディア、ヒポミクソリディアが変格と称されます。ヒポとはつまり、
ギリシア語で「下の」を表す「ヒュポ」のことで、支配音(ドミナント:終止音
の5度上)が正格に対して3度下になるのでした。

先日、ちょっと機会があって、音楽学の研究者の方に教会旋法の成立について尋
ねてみたのですが、グレゴリオ聖歌の成立が不明であるのと同様に、教会旋法の
成立も謎のままなのだそうです。文献的なものが残っていない、ということのよ
うですね。うーん、悩ましいところです。ちなみに、教会旋法はこの8つのほか
に、16世紀になってエオリア旋法、イオニア旋法のそれぞれ正格・変格が認め
られ、12に拡大したのでした。

さて、13章では、「文が8つに分かれる」「至福の形式が8つある」といった箇
所がありますが、伊訳本の解説では、前者はつまり品詞に分解されるということ
で、8つとは名詞、代名詞、動詞、副詞、形容詞、接続詞、前置詞、間投詞とな
ります。後者のほうは、「山上の垂訓」のことを指しているということです(マ
タイによる福音書、5章3節から11節)。仏訳本の注では、グイドはこの8とい
う数に象徴的な意味を込めているとしています。前者(8つの品詞)の出典はも
ともとアリストテレスの『詩学』(20章)なのですね。

8という数は、たとえばマクロビウス(5世紀)では、幾何学において8つの点が
あれば立方体が作れるという意味で完全であり、天空の調和を形作る数でもある
とされます。生み出されたものではない一者の1と、創造が完結した7の数字を
足したものでもあるし、元素数の4を倍にしたものでもあるし、最初の奇数(1
は別格なのですね)である3と、存在するものの包摂数とされる5を足したもの
でもあるし……などなど、ピュタゴラス派の秘数論において8というのは重要な
数字をなしています。天空の調和という意味では、コンシュのギヨーム(12世
紀)の新プラトン主義的解釈が思い起こされます。そこでは天球は8つの層から
成り立っているとされているのでした(月、太陽、水星、金星、火星、木星、土
星、そしてその先の星々がある蒼穹です)。前にも出てきた話ですが、調和のシ
ンボリズムにおいて、音楽と星辰が連関していることは、改めて確認しておきた
いところです。

次回は13章の後半と14章を見ていきたいと思います。


*本マガジンは隔週の発行です。次回は9月23日の予定です。

投稿者 Masaki : 2006年09月11日 10:24