2005年11月07日

No. 68

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.68 2005/11/05

------Web情報-------------------------------
Enluminures(彩色挿絵)
(http://www.enluminures.culture.fr/)

図像などのデジタルアーカイブの動きはもうだいぶ前からなされているわけです
が、ここでまた一つ新たな試みが登場しています。フランスのCNRS(国立科学
研究所)が立ち上げたEnluminuresは、フランス各地の公立図書館が秘蔵する4
千冊の写本から、彩色挿絵や装飾などの図版8万枚をデジタル化し、検索可能に
したというなかなか壮絶な(笑)、画期的なデータベースです。ヴァーチャルツ
アー(visite virtuel)でテーマ別の図版を眺めるだけでも楽しいですが、その検
索機能もなかなか興味深いものがあります。


------新刊情報-------------------------------
『中世ヨーロッパにおける排除と寛容』
原野昇ほか著、渓水社、ISBN 4-87440-892-3
2000円+税

広島大学が出している一連の論集の最新刊。その精力的な刊行がまずもって素晴
らしいですね。中世の文学作品を対象に、排除や寛容の形象を探った論考が6編
収録されています。キリスト教というマクロな視点で見たもの、イングランド、
フランス、ドイツの中世文学の個別研究、『トロイ物語』のヒロイン像の変遷、
チョーサーの写本研究と多彩です。


------中世の古典語探訪「ラテン語編」------
第18回:絶対用法

いよいよ奪格の絶対用法です。これはいかにもラテン語らしい、しかも格という
ものの便利さの一端を味わうことのできる重要な文法事項ですね。名詞や形容
詞、分詞句などを奪格でつけることによって、主文の付帯状況や理由などを表
す、というものです。「絶対」というのは、要するに文法的に独立している(こ
れがなくても主文の構文そのものに影響しない)というくらいの意味です。

- Hieme transacta, Saxones expeditionem in Sclavos ferecunt. (「冬が終
わったので、サクソン人たちはスラブへの遠征を行った」:hieme transactaの
部分が奪格の絶対用法で、hiemeがtransactaの主語の関係になっています)
- Ubi, nondum multis decursis diebus, omnium aulicorum benivolentiam
perfecte acquisivit. (「そこでは、何日もしないうちに、彼は廷臣たち全員の
好意をすっかり得ていた」:nondum multis decursis diebusが絶対用法)

絶対用法の場合、動詞の分詞が用いられるのが普通ですが、それが省かれている
場合もあります。名詞とその補語だけで構成されます。sum(be動詞)の分詞
はありませんから、その場合も同じです。(実は歴史的には、そういう形の方が
古くからの用法で、分詞を用いるのは後世になってからだったといいます)。

- Proceatus est autem in dulcis Elisacii finibus, patre Hugone, matre vero
Heilewide. (「ところで彼は、フーゴーを父に、ヘレヴィデを母にもち、麗しき
アルザスの地で生まれた」:たとえば仏語なら、pere etant Hugue, mere
etant Heilewideみたいになるところでしょうか)。

中世のラテン語では、さらに奪格以外の絶対用法もあります(数は少ないといい
ますが)。これは文法規則が緩み、いわば破格的な使い方になったものなので
しょう。主格と対格の例です。

- Puella in domo paterno fugiens, rex eam insecutus est. (「少女は父の家に
逃げ込んだが、王はその後を追った」:puella in domo paterno fugiensの部分
が絶対用法)
- Post multum temporis intervallum, reliquias recollectas, tumulum sancto
constituit. (「その後だいぶ経ってから、遺物を集め、彼は聖人のために墓を
建てた」:reliquias recollectasが絶対用法)

(このコーナーは"Apprendre le latin medieval", Picard, 1996-99をベースに
しています)


------文献講読シリーズ-----------------------
プロクロス『神学提要』その15

今回は『提要』の提題45と、それに対応する『原因論』の提題XXV(181〜
186節)を見ていきます。例によって原文はこちらに掲げておきます。
http://www.medieviste.org/blog/archives/000628.html

# # #
『神学提要』
(45)自らを構成するすべてのものは、創られていないものである。
 もし創られたものであるなら、そうである以上、それ自身においては未完成で
あり、他のものによって完成される必要がある。というのも、みずからを導くも
のは、完成しており、自足しているからだ。創られるものはすべて、それに欠け
ている(ouk onti)生成(genesis)をもたらす他のものによって完成される。
というのも、生成とは、未完成からその対極にある完成へといたる道だからだ。
だが、みずからを導くものがあるなら、それはつねに完成しおり、つねに自分自
身の原因に結びついているのであり、完成にいたる存在に対して、より一体と
なっている。

『原因論』
181 知解可能な統一的実体は、他の事物によって生じたものではない。みずか
らの本質によって存続するすべての実体は、他の事物から生じるのではない。
182 もし、他の事物から生じることも可能であると述べる向きがあるなら、わ
れわれはこう言おう。もしみずからの本質によって存続する実体が、他の事物か
ら生じることがありうるならば、間違いなくその実体は縮減(diminutio)して
おり、その実体を生じせしめた元のものがそれを完成させる(compleo)必要が
ある。
183 そのことが意味するのは生成(generatio)そのものである。
184 それはつまり、生成とはから縮減から完成へといたる道にほかならないか
らだ。みずからの発生、すなわち形相および形成において、おのれ以外に他の何
ものも必要としない事物があるとすれば、それみずからが形成と完成の原因をな
し、それは完全で、つねにそのままである。
185 また、それがおのれの形成と完成の原因であるのは、つねに自身の原因と
の関係のため以外にない。したがってその形成と完成は、ともに一致するのであ
る。
したがって、おのれの本質によって存続するすべての実体が、他の事物から生じ
たのではないことは明らかである。
# # #

前回まで見た箇所では、『提要』の中身を一部削り、別の句をつなぐ形で、『原
因論』の文言が出来ていました。ところが今回の箇所では、むしろ『提要』に言
葉を加えて少し膨らました感じになっています。どこか注釈的な思考が働いてい
そうですね。とはいえ、もちろん両者が立脚する立場は異なっていると考えられ
ます。前回も出てきましたが、『提要』では、自足するものは完成したもの、究
極の原理(=第一原因)だと言っているのに対し、『原因論』ではむしろ、自足
するものは完全な存在、すなわち神である、というテーゼになっているように見
えます。中世において受容されたのは、むしろそうした後者のスタンスでした。

この「第一原因」と「存在」との同一視について、たとえばブラバントのシゲル
スによる『原因論をめぐる諸論題』("Questiones magistri sigeri super librum
de causis", ed. Antonio Marlasca, Publications universitaires Louvain,
1972)を見てみると、第9論題(その2)で、次のようなことを述べています。
「第一原因はそれ自体存在をなしている。ただしその存在は、(プラトンが考え
たように)多を属性として取ることはできない。第一原因がそれ自体存在である
のは、みずからを存続させることによってである」。もしそうでないとすると、
第一原因も何かに与って存在することになってしまい、それでは第一原因ではな
くなってしまいます。また、第一原因がみずからを存続させているのであれば、
それは完結していることになり、一つであることになります。シゲルスはさら
に、第一原因が存在であるという場合、個々の事物に共通する、いわばそれらか
ら抽象化された存在とはイコールにならない、とも論じています。

上記の書は、『原因の書』そのものの注解ではなく、そこで提起される問題をい
わば検討し直したものです。シゲルスはトマス・アクィナスなどの同時代人で、
急進的アリストテレス主義者(アヴェロエス主義者)として1277年にタンピエ
の禁令によって断罪された人物ですが(最近の研究ではむしろ、攻撃する側がイ
デオロギー的に偏った解釈をほどこしていた、との見方が優勢のようですね)、
上記の書は(校注本の解説によると)その直前、1273年から76年の間に書かれ
たものである公算が大きいといいます。アリストテレスの受容に深く関わってい
たシゲルスは、新プラトン主義の伝統の影響下にありながらも、たとえば中間物
を介した創造というテーゼ(プロクロス的です)などは批判する立場を取ってい
たようです。シゲルスの場合、プラトン的なイデーを第一原因の思考と解釈する
のですね(プロティノス的でしょうか)。さらにいえば、存在のイデー(=自ら
存続する「存在」)こそが、あらゆる存在の原因をなしているという立場を取っ
ています。当然これは『原因の書』の内容とも重なってきます。ここに、その受
容の一端が見られるように思いますが、このあたり、同時代の他の人々によるス
タンスなども合わせて考えてみる必要がありそうです。

次回は『原因論』の提題XXVIとそれに対応する『神学提要』の提題46を見てい
きましょう。


*本マガジンは隔週の発行です。次回は11月19日の予定です。

投稿者 Masaki : 2005年11月07日 12:47