2006年03月26日

No. 77

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.77 2006/03/25

やっと春めいてきました。本メルマガも今号から発行システムを変えて新しいス
タートです(内容は変わり映えしませんが(笑))。どうぞよろしくお願いしま
す。

------新刊情報--------------------------------
新年度に向けて、新刊も続々と出ています。

『中世ヨーロッパ入門−−「知」のビジュアル百科』
アンドリュー・ラングリー著、池上俊一監修、あすなろ書房
ISBN:4751523252、2,100yen

中世の人々の暮らしをビジュアル的に再現した入門書とのことです。よく日本の
時代劇や欧米の歴史ドラマなどで、服装その他の考証に疑問を感じることがあり
ます。同書はそういう細部をビジュアルに再現した本のようです。入門書です
が、こういう本は案外大事なものだったりします。

『中世ドイツ叙事文学の表現形式−−押韻技法の観点から』
武市修著、近代文芸社
ISBN:4773373431、3,150yen

ドイツの騎士・宮廷文学の表現技法の研究書。紹介文によれば、『ニーベルンゲ
ンの歌』『イーヴァン』『トリスタン』などが扱われているようですが、目次を
見る限り、中世ドイツ語の語学的な研究のようで、現在分詞、不定詞、完了など
などの文法事項が見出しになっています。基本的には語学研究の本なのでしょ
う。語学研究は読解の基本ですから、中世ドイツ語を読む場合にはやはり重要で
すね。

『嘘と貪欲−−西欧中世の商業・商人観』
大黒俊二著、名古屋大学出版会
ISBN:4815805326、5,670yen

近代的な経済の諸制度の原点はすべて中世にある、というのは周知の事実です
が、思想史的にそのあたりにまで遡及した研究書というのは意外に少ないもので
す。そんな中、国内ではとりわけ数少ない本格的な研究が公刊されたことを嬉し
く思います。スコラ神学の文献、説教史料、商業文書などを駆使して、罪として
糾弾されていた商業活動が、中世盛期以降に容認されていく過程を追うというも
ののようです。これはぜひ目を通したいですね。

『ケルト−−口承文化の水脈』
中央大学人文科学研究所編、中央大学出版部
ISBN:4805753277、6,090yen

ケルト口承文化圏(アイルランド、ウェールズ、ブルターニュ)をめぐる論集。
中世プロバーではないようですが(フォークロアや初期スコットランド小説など
を論じたものも収録されているようです)、「語り」の問題圏はやはり広大で、
中世から現代にまで続くことを改めて想わせます。個人的には聖コロンバ伝あた
りの変遷など、ちょっと読んでみたいところです。


------Web情報--------------------------------
○Medieval Studies in Japan
http://medievalstudiesinjapan.jot.com/WikiHome

日本全国のヨーロッパ中世関連の研究会、セミナーなどを一覧にまとめてくれて
います。これはとても便利ですね。Wikiのシステムで、広く情報提供を募ってい
るようです。こうして見ると、大学を中心に各地で実に様々な催しが行われてい
るのですね。とても心強い気がします(笑)。


------中世の古典語探訪「ラテン語編」------
(Based on "Apprendre le latin medieval", Picard, 1996-99)

第27回:「時間」を表す表現あれこれ

ラテン語での時間についての表現は、大まかには奪格が日時を表し対格が期間を
表す、というのが基本でした。

奪格の場合、前置詞なしなら時間を表します(tertia hora veniet. 「彼は3時に
やって来るだろう」)。前置詞inを用いると、特定されない(漠然とした)時間
を表します。in senectuteなら「老後に」ですが、逆に形容詞などで限定する場
合にはinを取りません(extrema senectute「高齢になった時」)。「〜以来」
という場合、前置詞としてa(またはab)か、exを用います(a puero「幼少か
ら」、ex eo tempore「その時以来」)。

対格の場合、前置詞なし、あるいは前置詞perを用いて期間を表します(triginta
annos regnavit「彼は30年間統治した」(= per triginta annos regnavit))。
「(何かをやって)今や〜になる」という場合、前置詞jamを使います
(quartum jam annum regnat「彼が統治して4年目になる」)。abhinc、ante
hosといった前置詞(句)を取ると「〜前に」の意味になります(abhinc tres
annos mortuus est 「彼は3年前に亡くなった」(= ante hos tres annos
mortuus est))。

ちょっと例外的に、「手段を表す奪格」でもって、期間を表す場合があります
(tribus annis urbem cepit「彼は3年かけて、町を占拠した」)。また慣用句
もいろいろあります。tota nocteというと「一晩中」、de media nocteという
と「真夜中に」の意味になります。in diemなら「来る日も来る日も」、in
annumなら「その年は」の意味になります。

疑問詞も見ておくと、「いつ?」ならquandoですが、「どのくらい?」と長さ
を聴くならquamdiu、あるいはquanto tempore、「いつから?」なら
quamdudum、あるいはex quo temporeで表現します。


------文献講読シリーズ-----------------------
グイド・ダレッツォ『ミクロログス』その6

前回に引き続き、モノコード上での音の配置方法を示した第3章の後半を見てい
きます。もう一つの配置方法が示されていますが、結果は前回の方法と同じにな
ります。

# # # #
Alius vero dividendi modus sequitur, qui etsi memoriae minus adiungitur, eo
tamen monochordum velociori celeritate componitur, hoc modo: Cum
primum a [Gamma] ad finem novem passus id est particulas facis, primus
passus terminabit in .A., secundus vacat, tertius in .D., quartus vacat,
quintus in .a., sextus in .d., septimus in .aa., reliqui vacant.

次に別の方法を示そう。こちらは記憶には定着しがたいものだが、モノコード上
への配置はより迅速にできる。まず最初にΓから末尾までを等分に9つの部位
に、つまり9つの部分に分ける。最初の部位の終わりをAとし、2番目の終わりを
空、3番目をD、4番目を空、5番目をa、6番目をd、7番目をaa、残りを空とす
る。

Item cum ab .A. ad finem novenis partiris, primus passus terminabit in .B.,
secundus vacat, tertius in .E., quartus vacat, quintus in .[sqb]., sextus in .
e., septimus in .[sqb][sqb]., reliqui vacant. Item cum a .[Gamma]. ad finem
quaternis dividis primus passus terminabit in .C., secundus in .G., tertius in .
g., quartus finit. A .C. vero ad finem similiter quattuor passuum primus
terminabit in .F., secundus in .c., tertius in .cc., quartus finit. Ab .F. vero
quaternorum passuum primus terminabit in .b. rotundam, secundus in .f.

次にAから末尾までを9つの部分にわけ、最初の部位の終わりをB、2番目の終わ
りを空、3番目をE、4番目を空、5番目を#、6番目をe、7番目を##、残りを空
とする。次にΓから末尾までを4つに分割し、最初の部位の終わりをC、2番目を
G、3番目をgとする。4番目は末端となる。さらにCから末尾までを同じように4
つの部位に分け、最初の部位の終わりをF、2番目をc、3番目をccとする。4番
目は末端となる。今度はFから4つに分け、最初の部位の終わりをb、2番目をfと
する。

Et de dispositionibus vocum hi duo regularum modi sufficiant, quorum
superior quidem modus ad memorandum facillimus, hic vero extat ad
faciendum celerrimus. In sequentibus vero omnes divisionum modi in brevi
patebunt.

音の配置については以上の二つの方法で十分である。前者のほうが記憶するには
たやすいが、後者のほうが実際の配置は早くできる。以下では、分割方法の全体
を簡単に示すことにする。
# # # #

この分割方法も図がありますので(Colette & Jolivet)、こちらに掲げておきま
す(http://www.medieviste.org/blog/archives/guid02.html)。

モノコードでの音の分割(オクターヴ、5度、4度)は、古くからプラトン主義
の「世界の調和」と関連づけられてきました。世界は調和で成り立っており、そ
のモデルとして数学が、そして音楽がある、という考え方です。たとえば紀元1
世紀に活躍したユダヤ教系の思想家にアレクサンドリアのフィロンという人物が
います。当時のヘレニズム化したユダヤ世界を反映するかのように、ギリシア思
想の影響を強く感じさせる人物ですが、この人が著した、創世記注解に相当する
『世界の始まりについて』(De officio mundi - peri te_s kata Mousea
Kosmopoiias)という書を見ると、世界を構成する基本数という議論(これ、天
地創造の4日目についてのコメントです)の箇所で、「4つの数字は、音の調和
の比を包摂している」としています。4つの数字とは1と2と3と4のことで、こ
れをすべて足した10が、ピュタゴラス派(およびプラトン主義)の完全数とさ
れます。4度、5度、オクターヴ、2オクターヴは、いずれもこの1から4までの
数字で比を表すことができる、というのが上の一文の意味です。

一般にこの箇所は、明記こそされていませんけれど、プラトンの『ティマイオ
ス』がはるか遠くに響いているとされます。『ティマイオス』35aからbに描か
れた「世界の魂」による構成の部分ですね。現代の私たちからするといかにも難
解な宇宙開闢論ですが、世界の魂(アニマ・ムンディ)は、いわば世界を立ち上
げるためのそもそもの力のようなものです。そこではこんな話が展開します。最
初に分割できない基体(不変項=魂)と分割可能な基体(可変項=身体)とが
あって、両者から「同一性」と「他者性」の性質を併せもつ中間的な基体(第3
項)が作られます。次にそれら3種がさらに混成されて単一の形相(イデア)が
できます。この「4つの項」がそれぞれ数字の1から4に対応しているのですね。
こうしてできた混成体が、細胞分裂よろしく分割(diairei)されて、世界を織り
なしていく、というわけなのですが、そこから切り出されるそれぞれの要素は、
ちょうどモノコードからの音の切り出しと同じような数比で分割されていきます
(このあたり、細かく見ると結構面白い話なのですが、今回は残念ながら省略し
ます(苦笑))。

『ティマイオス』についてはプロクロスやカルキディウスなどが注解を著してい
て、特に後者のものは、中世に新プラトン主義を伝える上でも大きな役割を果た
しています。そのあたりも含めて、今後さらにこの数比の話も追っていくことに
しましょう。『ミクロログス』本文のほうは、次回は隣接する音の開きについて
説明する第4章を見ていきます。お楽しみに。


*本マガジンは隔週の発行です。次回は4月8日の予定です。

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投稿者 Masaki : 2006年03月26日 23:50