2006年04月10日

No. 78

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.78 2006/04/08


------Web情報--------------------------------
辞書編纂プロジェクトのいろいろ

ベルギーを拠点とする国際的な学術書の老舗ブレポルスのサイト(http://
www.brepols.net/publishers/index.html
)を久しぶりに見たら、新刊としてロ
イヤル・アイリッシュ・アカデミーの「ケルト系ソースの中世ラテン語辞書(非
古典語辞書)」の第1巻(AからH)が掲載されていました。これ、ケルト系地域
の中世ラテン語の辞書編纂プロジェクトなのだそうで、頭文字を取ってDMLCS
というのですね。プロジェクトのWebページがhttp://
journals.eecs.qub.ac.uk/DMLCS/index.html
にあります。いやーなかなか素晴
らしいですね。姉妹プロジェクトとして、ブリティッシュ・アカデミーの
DMLBS辞書編纂プロジェクトもあり、そちらはhttp://www.classics.ox.ac.uk/
research/projects/dml.asp
です。1965年以来、2003年までで第8巻(Oま
で)が出ていて、プロジェクト全体は2010年完了の予定なのだとか。

大陸の側も負けてはいません。例えばバイエルン学術アカデミーにも辞書編纂プ
ロジェクトがあり、そのページには、欧州各地の中世ラテン辞書の類似プロジェ
クトが一覧になっています(http://www.mlw.badw.de/dictionnaire/
index.html
)。各国それぞれが、おそらくはある種の威信をかけて(?)進めて
いる感じですね。辞書プロジェクトは基本的に書籍での刊行がメインで、残念な
がら最終的なオンライン化まで視野に入れたものはあまりなさそうですが、コー
パスの公開を含め、今後はぜひそのあたりまで検討してほしいものです。


------中世の古典語探訪「ラテン語編」------
(Based on "Apprendre le latin medieval", Picard, 1996-99)

第28回:接続法その1

ラテン語文法トピックスをめぐるこのシリーズ(復習シリーズという感じですが
(笑))、やっと今回は接続法で、まさに佳境です(笑)。接続法というのは、
その名のごとく「接続する文(従文)で使われる形」のことでした。たとえば間
接話法などを連想すればわかりやすいです。そういう場合、ラテン語は従文に接
続法を多用するのでした。

用例は次回ということにして、今回は形のおさらいをしておきましょう。接続法
には、現在形、未完了形、完了形、過去完了がありますが、変化形はそれほど面
倒ではありません。現在形のポイントは語根にeまたはaがつく、ということで
した。第一変化動詞ならa、それ以外はeという感じですね。
amem、ames、amet、amemus、ametis、ament
legam、legas、legat、legamus、legatis、legant
audiam、audias、audiat、audiamus、audiatis、audiant

受動態も見ておくと、
amer、ameris、ametur、amemur、amemini、amentur
legar、legaris、legatur、legamur、legamini、legantur
audiar、audiaris、audiatur、audiamur、audiamini、audiantur

未完了形は語根にreがついて、活用語尾が続きます。
amarem、amares、amaret、amaremus、amaretis、amarent
amarer、amareris、amaretur、amaremur、amaremini、amarentur

完了形は完了語幹にeriがついて、活用語尾が続きます。受動態はもっと簡単
で、sumの接続法現在形+過去分詞で作ります(過去分詞は主語に性・数が一
致)。
amaverim、amaveris、amaverit、amaverimus、amaveritis、amaverint
amatus(a, um) sim、amatus(a, um) sis、amatus(a, um) sit、amati(ae, a)
simus、amati(ae, a) sitis、amati (ae, a) sint

過去完了は完了語幹にisseがついて、活用語尾が続きます。受動態はsumの接続
法未完了形+過去分詞となります。
amavissem、amavisses、amavisset、amavissemus、amavissetis、
amavissent
amatus (a, um) essem、amatus (a, um) esses、amatus(a um) esset、
amati(ae, a) essemus、amati(ae, a) essetis、amati(ae, a) essent

中世ラテン語では、ここでも破格が生じていて、受動態の作り方に「過剰」が見
られるようになるといいます。完了形の受動態で、sumが現在形にならずに完了
形になったり、過去完了の受動態で、sumが過去完了形になったりするのです
ね。実際の文章を読む際には、「なんだこりゃ」と思わないよう気をつけなくて
はなりませんね。
factus fuerim (= factus sim)、factus fuisset(=factus esset)


------文献講読シリーズ-----------------------
グイド・ダレッツォ『ミクロログス』その7

今回は第4章を見ていきます。音のつながり方について説明した箇所です。

# # # #
Capitulum IV
Quod sex modis sibi invicem voces iungantur

Dispositis itaque vocibus inter vocem et vocem alias maius spatium
cernitur, ut inter .[Gamma]. et .A. et inter .A. et .B., alias minus, ut inter .
B. et .C. et reliqua. Et maius quidem spatium tonus dicitur, minus vero
semitonium, semis videlicet id est non plenus tonus.
Item inter aliquam vocem et tertiam a se tum ditonus est, id est duo toni, ut
a .C. ad .E.; tum semiditonus, qui habet tantum tonum et semitonium, ut a .
D. in .F. et reliqua. Diatessaron autem est, cum inter duas voces
quocumque modo duo sunt toni et unum semitonium, ut ab .A. ad .D. et a .
B. in .E. et reliqua. Diapente vero uno tono maior est, cum inter quaslibet
voces tres sunt toni et unum semitonium, ut ab .A. [-105-] in .E. et a .C. in
.G. et reliqua.

第4章
音同士をつなぐ6つの仕方

音を配置すると、音と別の音との間には、ΓとA、AとBのように大きな開きが
できるときと、BとCのように小さな開きができるときがあることがわかる。大
きな開きをトヌス(全音)、小さな開きをセミトヌス(半音)という。「セミ」
というのは、当然ながら「全音ではない」ということだ。
ある音と、そこから数えて3番目の音までをディトヌス(長三度)という。つま
り全音2つという意味で、CからEのような場合である。また、全音と半音をもつ
場合をセミディトヌス(短三度という。DからFなどの場合である。また、任意
の2つの音の間に、2つの全音と1つの半音がある場合をディアテサロン(純四
度)という。AからD、BからEなどの場合である。1つの主音に対するディアペ
ンテ(純五度)とは、3つの全音と1つの半音がある場合である。AからE、Cか
らGなどの場合である。

Habes itaque sex vocum consonantias, id est tonum, semitonium, ditonum,
semiditonum, diatessaron et diapente. In nullo enim cantu aliis modis vox
voci coniungitur, vel intendendo vel remittendo. Cumque tam paucis
clausulis tota harmonia formetur, utillimum est altae eas memoriae
commendare, et donec plene in canendo sentiantur et cognoscantur, ab
exercitio numquam cessare, ut his velut clavibus habitis canendi possis
peritiam sagaciter ideoque facilius possidere.

このように6つの協和音がある。すなわち、トヌス、セミトヌス、ディトヌス、
セミディトヌス、ディアテサロン、ディアペンテである。いかなる歌において
も、上昇でも下降でも、これら以外の仕方で音と音を繋ぐことはない。わずかな
決まりですべての調和が形成されるのだから、それらをきちんと記憶するのはこ
の上なく有益であり、また、不断の練習により、歌う際にそれを感じさせ、違い
を分からせるようにすべきである。歌うためのこうした鍵を手にし、賢明かつよ
り容易に習熟に達することができるように。
# # # #

6つの協和を表す用語は、いずれもギリシア語がもとになっていますね。トヌス
はトノス(tonos)で、これはそのまま「音」ですし、セミトヌスのsemiもギリ
シア語で「半分」を表すヘミシスに由来します。ディトヌスは「2」を表す形容
詞disとtonosが連結したもので、ディアテサロンは、「間隔」を表すdiaと「4」
を表すtessaresが連結したもの、ディアペンテはdia + pente(「5」)となりま
す。これらの用語はその後も長く使われていくようで、15世紀に出た最古の印
刷された音楽辞典として有名な、ヨハンネス・ティクトリスの『音楽用語定義
集』(邦訳:中世ルネサンス音楽史研究会訳、シンフォニア、1979-91)を見
ても、これらの用語が使われ、それぞれがさらに精緻に区分されて解説されてい
ます。

前回も触れた『ティマイオス』のアニマ・ムンディの成り立ちの部分について
は、カルキディウスの『ティマイオス注解』も詳細に論じていますが、やはり5
世紀のローマの文人で新プラトン主義の碩学とされるマクロビウスの著作『「ス
キピオの夢」注解』が、端的な解説を付しています。アニマ・ムンディをそもそ
も織りなす「分割しえない基体」「分割可能な基体」というのは、要するに奇
数、偶数のことで、それが一定の数比でもって数を作っていく、ということなの
ですね。その際の数比もわずかしかありません。1対2、2対3(ヘミオリオ
ス)、3対4(エピトリトス)、8対9(エポグドオス)です。前にも述べたよう
に、これらはそれぞれオクターブ、五度、四度、二度の比なのでした。かくして
「アニマ・ムンディは(……)音楽的調和を織りなす数によって構成されてお
り、みずからの衝撃がもたらす動きから、音楽的な音を作らなくてはならない
(……)」とされるのです。このように、新プラトン主義においては(ピュタゴ
ラス思想を継承しているとされますが)、音楽的調和は世界の調和と一体なので
すね。

本文では数比の話はもう少し先に出てきます。とりあえず次回はオクターブ
(ディアパソン)について記した5章を見ていきます。お楽しみに。


*本マガジンは隔週の発行です。次回は4月22日の予定です。

投稿者 Masaki : 2006年04月10日 00:32