2008年04月24日

No.124

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.124 2008/04/12

*都合により、「ギリシア語文法要所めぐり」は今回お休みとさせていた
だきます。

------新刊情報--------------------------------
年度初めで新しい環境を迎えた方も多いかと思います。でもこのメルマガ
は相変わらず、ゆっくりぼちぼちとやっていきましょう(笑)。

『中世の覚醒--アリストテレスの再発見から知の革命へ』
リチャード・E・ルーベンスタイン著、小沢千恵子訳、紀伊国屋書店
ISBN:9784314010399、3,780yen

12世紀以来西欧に流入したアリストテレス思想が、どう咀嚼されて同化
されていくかを追った一冊らしく、目次を見ると結構細かく辿っているよ
うです。とりわけ、カタリ派とアリストテレス思想の関係というあたり
が、ちょっと目を引く感じでしょうか。著者は中世思想プロパーではな
く、国際紛争などが専門の政治学者だということですので、かえって斬新
な視点が期待できそうな気がします。

"Theories of Perception in Medieval and Early Modern
Philosophy"

Simo Knuuttilaほか編、Springer
ISBN:9781402061240、$179.00

昨年夏くらいから同じようなタイトルの本が予告されていたと記憶してい
るのですが、これってそれと同じもの?編者はフィンランドのヘルシンキ
大学に所属する研究者のようで、目次をみると、実に面白そうな論文が並
んでいます。ロバート・キルウォードビーとかビュリダンとか、知覚理論
の文脈で取り上げられるのはあまりない気もしますね。ちょっと値段が張
りますが、これは考えどころ。

"Lectura Dantis : Purgatorio"
Allen Mandelbaum編、University of California Press
ISBN:9780520250567、$19.56

ダンテの『神曲』の各詩句に詳細な注をつけたシリーズの「煉獄編」で
す。すでに「地獄編」も刊行されています。一般読者向けということなの
で、どんなものか興味が湧きますね。ダンテはその思想ともども、何度で
も読み返したい気分になります。そういえば最近、岩波文庫の「新生」
(山川丙三郎訳)が復刊していますね。


------短期連載シリーズ-----------------------
アリストテレス『気象論』の行方(その7)

さて、アラブ世界で様々な異本を生んだ『気象論』ですが、その後西欧に
も流入してきます。当然ここでも翻訳という形をとっての流入で、大きく
二つの段階でなされているのですね。最初の段階は、クレモナのゲラル
ドゥス(1114〜1187)によるラテン語訳です。これはアラビア語から
の訳出で、ゲラルドゥスはいったん訳を完成させた後、再度その改訂版を
作っています。この両方の版がそれぞれに流通していったといいます。

スホーンハイム『アラブ・ラテン伝統の中の「気象論」』によると、ゲラ
ルドゥスの訳は逐語訳であるため、もととなったアラビア語テキストの校
注・復元にも役立つものなのだとか。その一方で、逐語訳であるために、
ラテン語の表現としては特異なものが入っていて、もとのアラビア語を理
解しない写本製作者たちの過剰な「訂正」を促すことにもなり、後代にな
るほどアラビア語法が失われているとも指摘されています。また、ゲラル
ドゥスは翻訳に際して少なくとも二つのアラビア語版を使っているようで
す。

ゲラルドゥスの訳はその後、アルベルトゥス・マグヌスやヴァンサン・
ド・ボーヴェの『自然の鑑』などを通じて知られていくことになります。
一方、第二の段階として、メルベケのグイエルムス(1215〜1286)に
よる新訳が登場します。このグイエルムス訳は13世紀から15世紀にかけ
て人気を博し、活版印刷が登場した後には印刷本として刊行されてもいる
のですね。現存する写本も、「旧訳」が107なのに対して、この「新訳」
は190にも及ぶのだとか。

さてこうして西欧に広がっていく『気象論』ですが、中世において特に注
目されたのは、4巻が果たして1〜3巻に直接続くのかどうかという問題
だったようです。クリスティーナ・ヴィアーノ『事物のマチエール - 「気
象論」第4巻とオリュンピオドロスによるその解釈』
という本に、その4
巻が中世以降どう取り上げられたかがごく簡単にまとめられています。そ
れによると、アルベルトゥスやトマス・アクィナス(偽)は、4巻は3巻
に正当に続くものであると論じているのですね。単一の物体(元素の動き
の話)から混成的な物体(元素の結合の話)へと論が進むのは、自然学の
枠組みにおいて妥当であり、『気象論』において、元素の移動による混成
の話(1から3巻)に続いて能動・受動の性質による混成の話(4巻)が
展開するのは、至極妥当であるというわけです。この立場を受けて中世で
は13世紀以降、「4巻の<化学的>混成話は石や金属の生成に接合する
議論であり、3巻の終わりにある石や金属についての言及につながる」と
いう見解が優勢を占めた、とヴィアーノは語っています。

実際、中世の『気象論』の写本の多くには、4巻の最後に「石の凝結およ
び結合について(De Congelatione et Conglutinatione Lapidum)」
(別名「鉱物論」)という別の小さなテキストが付加されているといいま
す。これはサレシェルのアルフレッド(アルフレドゥス・アングリクス:
12世紀)によるアラビア語テキストのラテン語訳で、スホーンハイム
は、このアルフレッドなる人物もクレモナのゲラルドゥスの翻訳サークル
にいた可能性があると述べています。で、そのテキストのほうは、実はア
ヴィセンナの『治癒の書』の一節だというのですね!そう特定しているの
はアルベルトゥス・マグヌスなのだとか(ヴィアーノの本に注釈がありま
す)。

ヴィアーノはまた、この4巻はおそらく錬金術師たちによって最もよく受
容されたのだろうと指摘しています。実際この4巻は、どうやらルネサン
ス時代にギリシア人注解者たちとともに再発見され、錬金術、そしてやが
ては化学の発展に一役買うことにもなるようなのですが、話がそちらのほ
うに慌ただしく行ってしまう前に、私たちはここでちょっと立ち止まっ
て、中世で流布した『気象論』のテキストを、それ以前の時代に伝統と
なっていた自然学の議論などと比較し、さらにはアリストテレスのもとの
テキストとも比較して、少しばかり眺めてみたいと思います。
(続く)


------文献講読シリーズ-----------------------
トマス・アクィナスの存在論を読む(その1)

今回からトマス・アクィナス(1225頃〜1274)を読んでいきたいと思
います。さしあたりのテキストは『神学大全』の第一部問二です。これは
有名な箇所で、かなり短いのですけれど、神の存在証明というかなり核心
的なテーマを端的に扱っています。でも、ここでトマスを読む主眼は、む
しろ西欧の思想を貫いてきた「存在論」の上流を垣間見ることに置きたい
と思います(なにしろ、現代に生きる私たちは多かれ少なかれ不可知論的
なわけですので(笑))。それがなにがしかのコスモロジーを背景にして
いることも、併せて確認していきたいですね。というわけで、従来通り脱
線話をいろいろしながら、読み進んでいくことにしましょう。著者のトマ
スについては様々な概説書も出ていますし、人物紹介は省いてしまいます
(笑)。ではさっそく、最初の序の部分を見ていくことにしましょう。底
本はドイツのマイナー社刊の羅独対訳本( Horst Seidl, Felix Meiner Verlag, 1996)です。

# # #
Prima Pars, Quaestio 2
De Deo, an Deus sit

in tres articulos divisa

Quia igitur principalis intentio huius sacrae doctrinae est Dei
cognitionem tradere, et non solum secundum quod in se est, sed
etiam secundum quod est principium rerum et finis earum, et
specialiter rationaris creaturae, ut ex dictis est manifestum (q.1 a.
7); ad huius doctrinae expositionem intendentes, primo
tractabimus de Deo; secondo de motu rationalis creaturae in
Deum (p.2); tertio de Christo, qui, secundum quod homo, via est
nobis tendendi in Deum (p.3).

Consideratio autem de Deo tripartita erit. Primo namque
considerabimus ea quae ad essentiam divinam pertinent; secundo
ea quae pertinet ad distinctionem Personarum (q.27); tertio ea
quae pertinet ad processum creaturarum ab ipso (q.44).

Circa essentiam vero divinam, primo considerandum est an Deus
sit; secundo quomodo sit, vel potius quomodo non sit (q.3); tertio
considerandum erit de his quae ad operationem ipsius pertinet,
scilicet de scientia et de voluntate et potentia (q.14).

Circa primum quaeruntur tria:
Primo : utrum Deus esse sit per se notum.
Secundo : utrum sit demonstrabile.
Tertio : an Deus sit.


第一部 問二
神について、神は存在するか

三節に分割

この聖なる教えの第一の意図は神の認識へと導くことであり、しかもそれ
は、神そのものがいかなるものかのみならず、事物の原理や目的がどのよ
うなものか、とりわけ理性的被造物にとってどのようなものかを認識する
ことでもある。このことはすでに述べたことにより明らかである(問一、
七節)。そんなわけで、この教えの開示を意図する私たちは、まずは神に
ついて論じる。第二には神に向かう理性的被造物の動きについて(第二
部)、第三にはキリストについて論じる。キリストは人間である限りにお
いて、私たちが神へと向かう道をなしている(第三部)。

神についての考察は三部に分かれる。まずは神の本質に関する事柄を考察
する。第二には位格の区分に関する事柄を考察する(問二七)。第三には
創造のプロセスそのものに関する事柄を考察する(問四四)。

神の本質をめぐっては、まず神が存在するかどうかが考察されなくてはな
らない。第二に、神はいかにあるか、あるいはむしろ、どのようにはない
かを考察する(問三)。第三に、神がもたらす作用に関する事象が考察さ
れなくてはならない。すなわちその知と意志と権能についてである(問一
四)。

第一の点については、以下の三点を検討する。
その一:神の存在はおのずと認識されるか
その二:それは論証可能か
その三:神は存在するか
# # #

今回の箇所は議論の全体的な見取り図です。大きな区分から各々の小さな
区分まですべて三分割が基本なのは、いかにもキリスト教的ですね。

このあまりにも有名な『神学大全』は、実に長い年月をかけて書き進めら
れた壮大なテキストです。トマスがいったんパリ大学を去って(1259
年)イタリアに戻った時期に第一部が書き始められ、再びパリ大学に戻る
1269年以降に第二部が書かれ、1272年にナポリに戻ってから未完と
なった第三部が書かれています。『神学大全』はもともと、神学を初学者
に教えることを目的に書かれたもので、そのためか比較的平坦な語彙で語
られています。

これから読んでいくテキストは、神の存在を証すという話になるわけです
が、私たちはそれを、やはりトマスが展開している「存在」をめぐる議論
との絡みで、存在論のほうへと開いていきたいと思います。存在に関する
トマスのテキストとしては、やはりなによりもまず、最初のパリ大学時代
に書かれた「存在するものと本質について」が重要です。これは基本的
に、存在するものから抽出される「本質」にどのような性質があるか、ど
のような多様性があるかを、質料形相論や範疇論との絡みで詳述したテキ
ストなのですが、背景にはアリストテレスの『形而上学』第七巻で展開す
る議論があり、論の最後のほうには「神の本質はその存在と同一だ」とい
う有名なテーゼが出てきます。このあたりの話も、適宜取り上げていきた
いと思います。

トマスはイタリア遍歴時代(最初のパリ大学時代の後)にアリストテレス
の注解書執筆に着手し、それには『形而上学』への注解書もありました。
当然ながら、そこでも存在と本質の議論が出てくるようです。そしてこの
『神学大全』、さらには『対異教徒大全(護教大全)』にも、神の存在を
めぐる議論が散見されます。今回底本とする羅独対訳本には、『対異教徒
大全』の一部も並録されているので、そちらもその都度参照していくこと
にします。では次回から具体的な中身に入っていきます。


*本マガジンは隔週の発行です。次号は04月26日の予定です。

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投稿者 Masaki : 2008年04月24日 00:21