2007年04月17日

No. 101

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.101 2006/04/14

------新刊情報--------------------------------
新学期・新年度の時期ですね。新刊も(中世ものに限らず)いろいろと出ていて、
春のにぎわいといった感じでしょうか。

『中世の祝祭−−伝説・神話・起源』
フィリップ・ヴァルテール著、渡辺浩司ほか訳、原書房
ISBN:9784562040544、2,940yen

キリスト教文化がケルトなどの神話や風習をどう利用し取り込んでいったかを
追った著書のようです。そうしたプロセスは概論としてはよく聞かれますが、具体
的な個々の研究となると、なかなか広く紹介されることが少ないですね。そうい
う意味では、なかなか面白い一冊ではないかと思われます。ケルトの8つの祭り
を取り上げているようです。著者ヴァルテールには、アーサー王関係の著作など
が多くあるようです。

『中世の商業革命−−ヨーロッパ、950〜1350』
ロバート・S・ロペス著、宮松浩憲訳、法政大学出版局
ISBN:9784588022302、3,045yen

10世紀から14世紀という、中世の一大商業革命期の発展を綴った快作。という
か教科書のような一冊です。原書は70年代のものなのですね。中世盛期にお
いて、農業依存社会がどう劇的に代わっていくのかを描き出すということで、個
人的にもこれは「買い」です。著者はイタリア出身で、戦中に亡命した米国で中世
研究の確立に貢献した人物とのこと。

『キリスト教の伝統・第3巻−−中世神学の成長』
ヤロスラフ・ペリカン著、鈴木浩訳、教文館
ISBN:9784764272583、5,880yen

昨年から刊行が続いているペリカンのキリスト教教義史のシーリズ。第3巻はい
よいよ中世全般の教義史ですね。多少値段は張りますが、神学史の基本書とい
う意味では外せません。ペリカンはイエール大学の歴史学の教授で、聖書学、神
学論などの著書があります。既刊の第1巻(公同的伝統の出現)と第2巻(東方
キリスト教世界の精神)も合わせてぜひ。


------文献探訪シリーズ-----------------------
「イサゴーゲー」の周辺(その8)

ちょっと間が開いてしまいましたが、前回はアベラールによるやや微妙な「実在
論・唯名論の中庸」の立場を眺めてみました。このあたり、やはり時代の文脈も
押さえておきたいところです。というわけで、今回は12世紀の普遍論争そのもの
をちょっと振り返ってみることにしましょう。

たとえば、オッカムの意味論をまとめたシリル・ミションという人の『唯名論』
Cyrille Michon, "Nominalisme - La theorie de la signification
d'Occam", Vrin, 1994
)という本があります。これは13世紀のオッカムの理論
を詳細に追った研究書ですが、その途上で少しだけ、普遍論争の概観に触れて
います。端的な要約になっている感じですね。中世において普遍論争が本格化
したのは12世紀、まさにポルピュリオスのテキストをめぐってのことでした。アベ
ラールはその中心人物で、彼はロセリヌスの「遍声論(vocalism)」と、シャン
ポーのギヨームの「実在論(realism)」をともに批判し、後に「概念論(c
onceptualism)」として括られる立場を形作っていきます。この「概念論」は主に
アベラールの弟子たちによって担われるといいますが、その後の唯名論の展
開、とくにオッカムに対しての影響は皆無だった、とミションは述べています。

ジルソンの『中世の哲学』("La philosophie au Moyen Age", Payot, 1986
によると、ロセリヌス(1050?〜1120?)は一時期アベラールの師匠だった人物
で、唯名論の先駆の一人とされています。ポルピュリオスの論理学は言葉
(voces)にのみ関わるものだという解釈を施したといわれます。真に実在するの
は種を形作る個々の存在にしかなく、種のような一般概念は名称にすぎない、と
いうのが唯名論的立場です。実在論にとっては「人類」は実在するものですが、
遍声論にとっては個々人のみが実在するもの、というわけで、ロセリヌスはこの後
者の立場を取っているといいます。

シャンポーのギヨーム(1070〜1132)もまたアベラールの師匠にあたります。
『中世事典』("Dictionnaire du Moyen Age", PUF, 2002)などを見ると、ア
ベラールが散々に批判したせいで、影が薄くなってしまった感じもあるようです
(笑)。そこでの実在論は、要するに同一の部分、共通する部分は本質的である
のに対し、それに偶有性が働いて個別が生じる、という考え方だといいます。も
ともとシャンポーのギヨームにとって、実在か唯名かといった問題は重要なもの
ではなかったともいいますが、アベラールの批判によって立場を明確化せざるを
えなかった、という側面もあるようです。とはいえ、アベラールにしても、共通する
部分の実在性、といったあたりの話は、しっかりと継承しているふうに見えます。
こうしてみると、アベラールは巧みに両者の考え方の折衷案を探っている感じで
す。

上のミションの整理においては、普遍論争の問題系は大きく二つに分かれます。
述語関係(類や種を支配する関係でした)を記号だけの関係と見るか実在の関
係と見るか、というのが一つ、普遍概念が個々の事物の「共通性」を表している
と見るかどうか、というのがもう一つです。この後者において、12世紀の普遍論
争と13世紀の普遍論争は大きく様変わりするようなのです。ちょっと先走りにな
りますが、ミションによれば、ポルピュリオスをめぐるアベラールとオッカムの解釈
の決定的な違いとして、前者が「同じ普遍で示される個物に、共通性の<ス
テータス>を認めている」点があるといいます。オッカムでは、そのようなものは
徹底的に排除されるということなのですね。13世紀に入って普遍論争が変容す
るのは、一つにはアリストテレスの『形而上学』とそのアラブの注解が流入してき
たためで、アヴェロエスの注解などは、普遍概念の実体性を完全に否定してい
るわけです。一方でアヴィセンナなどは、ミションによると普遍や個の本質・本性
についてはやや無関心だといいます。

こうした状況をふまえつつ、私たちも今度はアヴェロエスの注解へと歩を進めて
いきたいと思います。
(続く)


------古典語探訪:ギリシア語編-------------
「ハリポ」で復習、古典ギリシア語文法(その1)

さて、では今回から具体的な読みに入っていきましょう。今回はタイトルと章の見
出しを取り上げます(ギリシア語表記はこちらをどうぞ→http://
www.medieviste.org/blog/archives/A_P_No.1.html
)。

まずはタイトルですが、"Areios Pote_r kai he_ tou philosophiou lithos"に
なっています。ハリー・ポッターはギリシア風に読むと、「アレイオス・ポテール」に
なるのですね。kaiは英語でいうand。石を表すlithosは普通は男性名詞です
が、特殊な石を意味するときには女性名詞となるということで、ここでは女性の冠
詞he_がついています。tou philosophouは、ho philosophosの単数属格形
(所属を表します)になって「賢者の」となります。男性の冠詞のhoがやはり属格
形のtouになっています。これで、「ハリー・ポッターと賢者の石」となるわけです。
修飾する側の冠詞と名詞が、修飾される側の冠詞と名詞の間に挟まっている、と
いうのがいかにもギリシア語っぽいですね。

「第一章」は、ギリシア語ではbiblos Aとなります。数字にアルファベット文字を対
応させるのですね。章の見出しはPeri tou paidos tou epibiontosとなっていま
す。peri(〜について)は前置詞で、それに続いて属格を取ります。paidosはpais
(子ども)の属格、そしてepibiontosは動詞epibio_の分詞(動形容詞・男性・能
動・現在)epibio_nの属格ですね。epibioo_は「生きる、暮らす、生き延びる」と
いった意味です。これで意味としては、「(そこで)暮らす子どもについて」となりま
す。

これだけでも、すでに名詞・形容詞の格変化が出てきました。今回出てきたう
ち、philosophos(第二変化)とpais(第三変化・黙音子音)の変化をまとめてお
きましょう。左が単数、右が複数です。一般的には、主格(〜が)、属格(〜の)、
与格(〜へ、〜によって)、対格(〜を)とならべます。ラテン語にあった奪格はな
く、属格や与格などで処理します。また、ここでは端折りますが、呼びかけを表す
呼格(〜よ)もあるのでした。

主 philosophos philosophoi
属 philosophou philosopho_n
与 philosopho_ philosophois
対 philosophon philosophous

主 pais paides
属 paidos paido_n
与 paidi paisi
対 paida paidas

というわけで、次回から本文を見ていくことにします。


*本マガジンは隔週の発行です。次号は4月28日の予定です。

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投稿者 Masaki : 23:17