2007年02月23日

セファルディの音楽

アリア・ムジカの出世作だという『ユダヤ=スペインの宗教曲』(邦題:スペインのセファルディの音楽』(HMA 1957015)。これはまた、なんとも渋い一枚だ。ナイ(縦笛)、ウード、カーヌーン(琴の一種)などの民族楽器に合わせて、アラブ的な雰囲気を湛えた独特の声楽曲が朗唱される。これがまた、なんだか妙に耳に残るサウンドだ。セファルディ(イベリア半島のユダヤ系民族)の黄金時代は10世紀から12世紀にかけて(マイモニデスとかが活躍していた時期だ)。当時はユダヤの世俗曲にのせて宗教詩を歌うというのが主流だったそうで、それが後の16世紀後半ごろに、カバリストたち知識人層が定着するに及んで、観想へと向かう神秘主義の台頭にあって、声楽曲が高度に洗練されたものとなったのだという(ライナー)。ここに収録されているのはそういった洗練された声楽曲の数々。宗教儀礼に際して歌われるものなども含め、独特な魅力あふれる曲が満載だ。アルフォンソ10世のカンティガ集とか、モンセラートの朱い本に通じるものがあって、大陸的な情感が、ここでもまた貫かれている感じ。

ジャケット絵は1300年のセルベラの聖書(リスボン国立図書館所蔵)の挿画。このセルベラの聖書というのは、挿絵の豊富さで有名な中世スペインを代表するヘブライ語聖書だそうで、ネットにもその挿絵が転がっているので、ここにも挙げておこう。

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投稿者 Masaki : 23:12

2007年02月15日

「アポロとダフネ」

SACDのハイブリッド盤ながら廉価だったので購入したヘンデルの『アポロとダフネ』(ムジカ・アド・レーヌム、イェド・ヴェンツ指揮)。これが意外にも良かった。収録曲は表題作(別名:「大地は解放された」)のほか、舞曲から構成された「『錬金術師』より、変ロ長調」も。いずれもヘンデルの初期のころの作品(1710年以前、つまり25歳までの作品だ)。ヴェネチアで歌劇『アグリッピーナ』で成功を収めた若きヘンデルが、ハノーファーで手直しし、ロンドンに到着して『リナルド』で成功するまでの期間に作曲されたものなのだろうということ。ライナーはもっと面白い仮説を紹介している。ヘンデルは当初、ジョージ1世としてやがて迎えられるハノーファー選帝侯のいわば「宣伝係」としてロンドンに趣いたのではないか、という話がそれ。そういう文脈に『錬金術師』の舞曲の華やかさが実に合う、とうわけか。この『錬金術師』、歌劇『ロドリーゴ』に使われていたものが、ベン・ジョンソン作『錬金術師』で使われたという、いわば「ロンドンバージョン」。どちらもヘンデルの突き抜けた華やかさ・明晰さが際立った曲。

投稿者 Masaki : 22:57

2007年02月07日

チャント・ウォーズ

セクエンティアとディアロゴスという二大声楽アンサンブルの競演による『チャント・ウォーズ(聖歌戦争)』(deutsche harmonia mundi)を聴く。ここでいう聖歌戦争とは、要するにカロリング朝が進めた典礼の統一政策が、各地方の伝統的な典礼様式との間に軋轢を生じさせたことを指している、とライナーは述べるのだけれど、うーん、カロリング・ルネサンスとして知られるシャルルマーニュの文化的刷新の内実が、そこまで帝国然としていたのかどうかはやや微妙な気もするが、いずれにしても、9世紀ごろの典礼がかなり多様化していたのは確からしいし、その意味では、そうした多元的な広がりを一堂に集めてみるというのは面白い試みではある。というわけでこのCDも、9世紀〜12世紀ごろの写本からの多彩な曲目で構成されている。いちおう、テーマ別に「ローマとガリアの伝統の痕跡」「ゲルマンの声」「新たな聖歌の伝統」「フランクの写本と記憶」などと章立てがしてあるのだけれど、両アンサンブルの端正な歌声に聞き入っていると、なんだかそういう説明はまったく不要に思えてくる(笑)。ギリシア語で歌う「アレルヤ:留意せよ、民よ」とか、シャルルマーニュの死を悼む哀歌(復元)「日の出から日没まで」などはとても味わい深く、特筆に値するかな、と。

投稿者 Masaki : 12:51