2004年06月27日

ノートルダム楽派

最近文庫で出たアンドレ・シャステルの『グロテスクの系譜』(永澤峻訳、ちくま学芸文庫)にざっと目を通すと、15〜16世紀の絵画に現れた「グロテスク」なものが、その当時の文学などと並行現象にあったことに改めて思いを馳せたくなる。音楽との並行現象もまた見逃せない部分。とはいえ同書は、ローマ末期の表象からいきなりルネサンス期を接合していて、中世の写本芸術にはちょっと言及している程度なのが不満といえば不満か。一方で越宏一『ヨーロッパ中世美術講義』(岩波書店)あたりを見ると、古代末期の写実的な絵画表現から8世紀から12世紀にかけての様式美への変換、ゴシック彫刻の多彩な表現などの動きなど、後のルネサンス期のグロテスク美術へと繋がる動きが注目できる。当然そこにも並行関係があることを改めて(やや素朴だけど)印象づけるのが、例えばノートルダム楽派の音楽だったりする。ドミニク・ヴィラール率いるアンサンブル・ジル・バンショワの『1160-1245 ペロティヌスとノートルダム楽派』(AMB 9947)は、そんなことを十二分に思わせてくれる一枚。まるで果てしなく続くかのような旋律の上下動と絡み合いが、まるで写本に描かれる蔓の文様のよう。この面白さ、躍動感。うーん、いかにも典雅な装飾美術を見ているかのようだ。

このCDはジャケット絵は修道院の写真とリモージュの七宝焼きの写真を組み合わせたもの。関連として、12世紀のカンタベリー大司教トマス・ベケットだという七宝の写真を掲げておこう。ベケットの暗殺劇は当時の西欧に広く知られ、とりわけプランタジネット朝つながりでリモージュの七宝の一大テーマにもなっているのだという。このソースは生地彫り七宝(email champlevé)のサイト。ささやかなサイトだが、文化事業に力を入れるフランスならではという感じもする。壁画の劣化(高松塚古墳)を「昔との写真技術の差だ」とか言って迅速な対応をしない、そのくせ文化を冠したどこぞの国のお役所とはだいぶ違うよなあ。

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投稿者 Masaki : 16:29

2004年06月22日

変容……

21日は夏至。例年フランスでは音楽フェスティバルが大々的に行われたりする。なんかこういう季節の節目に密着するイベントって、日本では年々行われなくなっている気がする。うーん……なんなんだろうなあ。今年はいきなり台風が来たりとかしているし……。

それはともかく。今日の1枚は『ノヴァ・メタモルフォージ』(Alpha 039)。演奏はル・ポエム・アルモニークというアンサンブル。率いているのはフランスのリュート奏者ヴァンサン・デュメストル。先のダウランド・プロジェクトが世俗曲の新たな解釈を示しているのだとしたら、こちらはそういう意欲的な動きを宗教曲でやっている感じ。時代も同じ1600年ごろのミラノの曲を取り上げている。選曲の中心はイエズス会の音楽家コッピーニがモンテヴェルディのマドリガーレを編曲したものの数々。これはなかなか面白い。ライナーは盛んに、トレント公会議以後の簡潔な様式からバロック的華美へと「変容」する過程を強調している。その実例としてファルソ・ボルドーネの変遷が収録曲の最初と最後で示されている(falso bordoneは、3声部の上下だけを記譜し、中声部を上声部の完全4度下にするという様式)。余談だが、ちょっと前にネックの形状が変わっているリュートの絵を紹介したが(5月19日参照)、これってひょっとして、ライナーで紹介されているバス・リュート=シターン?。形状はリュート的だが背面が平らなのだという。現存する唯一のモデルがウィーンの美術史美術館にあるんだそうな。うーん、いつか見てみたいものだ。

ジャケット絵も凝っている。使われているのは16世紀のフレンツェで活躍したマニエリスムの代表的画家ブロンツィーノの「聖家族」。ルーヴルにあるものだけれど(左)、ウィーン美術史美術館所蔵のもの(右)のレプリカと考えられているという。背景や表情など両者の微細な違いが興味深い(下の絵ではちょっと小さくてわからないけれど)。左の「幼子イエス」が持っているのは鳥で、魂の象徴、右の子ども(聖ヨハネ)が持っているリンゴは罪(と贖罪?)の象徴とか。




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投稿者 Masaki : 10:13

2004年06月14日

ダウランド・プロジェクト

10月来日のホプキンソン・スミスのプログラムはなんとダウランドだとか。うーん、どんなダウランドが聴けるのだろうかと今から期待。ま、それはともかく、そのリサイタルの題名がどうやら「ダウランド・プロジェクト」らしい。うーん、でも「ダウランド・プロジェクト」といったら、やっぱり思い起こすのは、その名前のグループによる『悲しみを忘れさせる眠りよ(Care-Charming Sleep)』(ECM 476 052-2)。2作目だというけれど、これは実に完成度の高い、実に叙情的な一枚。古楽に対してジャズのアプローチをかけているとうけれど(ライナー)、両者の親和性を改めて思わせる。まさにメロウ&スィートの王道。パーセルやモンテヴェルディなどもいいけれど、このロバート・ジョンソン(17世紀初頭のリュート奏者)の表題曲なんかも絶品かも(笑)。ソロでちょこちょこ入っているバロックギターがまたなんとも切ない。

話は変わって、この週末は上野の「栄光のオランダ・フランドル絵画展」に行ってみた(フェルメールの「画家のアトリエ」ばかりが大きく取り上げられているのがちょと不満だよな〜。個人的には、ファン・ダイクの「マリアと福者ヘルマン・ヨーゼフの婚約」とか、むちゃくちゃよいと思ったのだけれど)。17世紀初頭頃のオランダの匿名画家によるとされる「春(アモル)」という題の絵では、7コースリュートを弾いている人物像が中央に描かれているほか、なんと右端にはリュートケースまで描かれている。現在のケースは側面が開く形が大半だと思うけれど、これは珍しい「縦開き」。ネックから胴体の半分くらいまでを収納する部分が縦に開き、胴体の残りの部分を滑り込ませて収納するのだろう。表面が黒いのは革製かしら?

投稿者 Masaki : 15:24

2004年06月11日

ハープ

オペラ上演などでリュートの見立てとして使われたりもするハープ(「マイスタージンガー」など)。古くからある楽器だが、やはり時代とともに移り変わってきて、近代のものは47弦、調音ペダル付き。というわけで18世紀後半に活躍したフランス出身、後にサンクト・ペテルブルクに移り住んだハープのヴィルトゥオーゾ、ジャン=バティスト・カルドン(1760-1803)『ハープ・ソナタと歌集』(Olympia, OCD 659)を聴く。演奏はイリーナ・ドンスカヤ。うーん、音域は相当に広いし、リュートに対しての関係はチェンバロに対するピアノという感じ。カルドンの曲はいかにも古典派という感じの落ち着いた曲で、こういうのにハープの音色は実によくマッチする。使用楽器は記されていないけれど、なんだか古形のハープ(ロマネスク・ハープ、ゴシック・ハープなど)の演奏も聴いてみたくなった。

ちなみにハープにペダルが付くようになったのは19世紀初頭という話だったのだけれど、ジャケット絵に使われている同時代の画家ディミトリ・レヴィツキの「グラフィラ・アリモヴァの肖像」(1775)では、なんだかハープを弾く女性の足がペダルに掛かっているように見えたりするのだけれど、どうなのだろう。参考までに絵とその足元の拡大図を掲載しておこう。


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投稿者 Masaki : 17:23

2004年06月06日

時期外れの復活祭オラトリオ

教会暦では先週が聖霊降臨祭ということだが、ちょっと時節がずれてしまったものの、ヘレベッヘのコレギウム・ヴォカーレによるバッハ『復活祭オラトリオ』(HMC 901513)を聴く。95年の録音(なんかこの盤、品切れになってしまっているみたい。最近CDの在庫期間ってどんどん短くなっている感じだ)。相変わらず端正で軽やかに流れる、小躍させてくれるようなバッハで心地いい。内容的には復活際オラトリオ(BWV246)とカンタータ「喜べ、汝らの心」(BWV66)。どちらも世俗カンタータからの転用ものでまとめたという一枚だ。

ジャケット絵はデューラーによる襞の習作(左)。ルーヴルにあるこの1508年の習作は、フランクフルトの豪商ヘラーに依頼された祭壇画のためのものとされている。そちらは模写がフランクフルトの歴史美術館にある(右)。デューラーが実際に手がけたのは中央部分だけとのこと。テーマになっているのはマリアの被昇天ならびに戴冠。

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投稿者 Masaki : 21:38