2004年09月30日

ロバンとマリオン

少し前にピーター・ドロンケ『中世ヨーロッパの歌』(高田康成訳、水声社)に目を通した。中世、特に初期から盛期を中心に当時の詩歌を包括的にまとめた大著。時にアラブ起源説などが言われたりもする宮廷恋愛詩などについて、ドロンケは9世紀ごろの詩作の完成度から、むしろ古代から続く綿々たる詩作の伝統を想定している。うん、これはこれで豊かな視点だ。起源の問題ってなかなか難しそうだけれど、やはり様々な影響関係が複合的にからみあっていると見るのが自然かな、という気はする。その上でアラブの影響(アンダルシア経由、シチリア経由)がどうだったのか、という問題が立てられないと。

ちょっと関係は薄いが、13世紀の詩人アダン・ド・ラ・アル(Adam de la Halle)の『ロバンとマリオンの劇(Le jeu de Robin et Marion)』(ZZT 040602)を聴く。演奏はアンサンブル・ミクロログス。ロバンとマリオンの劇は1285頃に作られたとされ、楽譜が残る最古の笑劇(というかオペレッタというか)とも言われる。通りすがりの騎士と羊飼いの娘(マリオン)、そしてその恋人(ロバン)らが織りなす会話劇は、一種の叙情詩だけれど、なるほどドロンケの言うように周到に練り上げられたものではあるのだろう。それにしても音を伴って聞くと、なんとも不思議な味わいがある。旋律の上下動や独特な繰り返しがなんともいえんなあ。

投稿者 Masaki : 12:23

2004年09月23日

メロディ

『21世紀の音楽入門』(教育芸術社)というムック(というか雑誌というか)が刊行されている。その第4号「旋律 - 時を紡ぐもの」を読んでみた。ムックのいいところは幅広い情報を一望出来る点、悪いところは誌面の都合ということで詳しい掘り下げがなされないことだと常々思っているけれど、これは両者のバランスとしてそれほど悪くない感じだ。記事ごとの記述の重複などもあるのはまあ仕方ないところか。例えば、ドイツのシのフラットがhで表されるのは、アルファベットのgの次のhを当てたというのではなく(昔、実際にそう語っている人がいたぞ)、中世の表記ではシの半音高い音を角張ったbで表し(b durm)、低い方を丸みのあるbで表した(b moll)のだけれど、ドイツの印刷業者が角張ったbの活字を作らずhで代用したせいだという話などなど。基本的に押さえておくべきポイントは網羅されている……のかなあ?

こういうのを読むと、やはりいろいろと聞きたくなる。旋律がとりわけ前面に出るのは舞曲だよなあ、というわけで引っ張りだしてきたのは、リュートの名手ポール・オデットが80年代に録音した『古いエアと舞曲(Ancient Airs and Dances)』(helios、CDH55146)。あまり飾りっ気もなく淡々と弾いているのが、今聴くとかえって印象的かな。収録曲は16世紀のイタリアの楽曲。レスピーギがアレンジしたもの(「リュートのための古い歌と舞曲」)の元のリュート曲をほぼその順番に並べたという野心作(?)だ。

ジャケット絵は17世紀末から18世紀初めに活躍したアントワーヌ・ヴァトー(Antoine Watteau)の『舞踏会の楽しみ(Les Plaisirs du Bal)』。フェート・ギャラント(雅宴画)の主題を多く扱っているヴァトーは、リュートやビウエラの奏者などもよく描いている。この絵も含むこちらのページをどうぞ。

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投稿者 Masaki : 23:49

2004年09月17日

伴奏楽器として……

伴奏用楽器としてのリュートなど撥弦楽器の魅力は、その柔らかい音がもう一つの歌をなすかのような、微妙な絡み合いにあると思うのだけれど、そのことを改めて思わせてくれるのが、カルロス・メナ(カウンターテナー)と、ユアン=カルロス・リベラ(リュート、ビウエラ)によるビクトリア『そしてイエスを(et jesum)』(harmonia mundi france、HMI 987042)。まずもって、ビクトリアの宗教曲の小品集というのは珍しいかも(ライナーにもあるが、大抵のCDって合唱曲だったりする)。16世紀末から17世紀初めの教会音楽で知られるビクトリアは、スペインの教会では当たり前だった教会音楽での伴奏楽器の使用や、協奏形式を広めた先駆的な存在なのだそうで、声楽曲のアレンジも多く手がけているのだそうだ。なるほどね。収録されているリュートやビウエラに乗せた宗教曲はどれもみな珠玉の逸品。伸びやかな歌声を静かに支える弦が耳に優しく響いてきて実に好印象。

ついでながら、リュート属のテオルボとガンバの協演もなかなか捨てがたい魅力がある。それを再認識させるのが、割と話題盤だったヒレ・パールとリー・サンタナによる『マラン・マレ ヴィオール曲集』(DHM)。こちらも落ち着いた雰囲気。録音そのものはあまりよくない気がするけれど、演奏の掛け合いは見事で、両楽器のしなやかさが光る。

さて、今回のビクトリアの曲集、ジャケット絵はバダホス美術博物館所蔵のスルバラン(17世紀初頭のスペインの画家)による『復活のキリスト』。残念ながらこの画像はネットでは見当たらないようなので、代わりに同じスルバランの代表作の一つ『瞑想する聖フランチェスコ』(ニューヨークメトロポリタン美術館)の画像を。
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投稿者 Masaki : 23:38

2004年09月07日

正教の聖歌

このところロシア正教の聖歌を聴いていたのだけれど、そこへ北オセチアの学校人質事件の悲惨な結末の一報が飛び込んできて、奇しくも子どもたちへの追悼のような形になってしまった……なんだか妙にやるせない気分に。聴いていたのは『正教の聖歌と合唱(chants et choeurs orthodoxes)』(BMG France、82876590272)。4枚組の廉価版だけれど、ライナーノートなどがないのがちょっと不満か。歌っているのは最初の2枚がセルギエフ・ポサド修道院混声合唱団、後の2枚がモスクワ・アカデミー聖歌隊。この声の重厚感。その微妙な揺らぎというか乱れというか、これこそが独特な色合いを与えて、正教の聖歌の魅力となっている。そしてこの哀切さの極み。

そのセルギエフ・ポサド修道院は、実はアンドレイ・ルブリョフ(14世紀から15世紀にかけて活躍したイコン作家。タルコフスキーの映画で有名に(笑))がいた場所。主要作品がこちらのページにある。特に有名なのは、ここに挙げるトレチャコフ美術館(モスクワ)所蔵の「聖三位一体」。描かれているのは、アブラハムのところに3人の者がやってきて、サラが身ごもったことを告げる場面だ(『創世記』18の1〜5)

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投稿者 Masaki : 23:41