2005年11月25日

魂と肉体の劇

去る15日から、Naxosのミュージック・ライブラリがオープンしている。定額制でストリーミング聴き放題だとか。お試しを覗いてみたけれど、これはなかなかすごそう。このところカヴァリエリの『魂と肉体の劇』(クリスティーナ・プルハル指揮、Alpha 065)を聴いていたので、そのライブラリーも見たら、ヴァルトロ指揮、プラハ交響楽団の録音のものが掲載されている。そちらは「標準」とされてきたものだけれど、今回のプルハルの演奏は圧倒的。実に奥行きがあって感動的だ。歌手陣はマルコ・ピズリーとかドミニク・ヴィスなどだけれど、なんといっても器楽部分がものすごい(笑)。まさに古楽演奏の醍醐味だ。

投稿者 Masaki : 07:13

2005年11月19日

アンダルシア

アンサンブル・アロマートという演奏家集団(ミシェル・クロードが率いる)による『ミルテの園−−中東のアンダルシアのメロディ』(Alpha 515)を聴く。西欧音楽的な洗礼されたスタイルでアラブ系の音楽へのアプローチをかけている。アラブの音楽のいいところは、なにかこう、岩だけらの地からざわざわと風が舞い立つような音の立ち上がりかなと常々思っているのだけれど、この演奏家集団はそのあたりのざわめき立ちに十分目配せしながら音の洗練を図っているように思える。お見事。ライナーもなかなか奮っていて、8世紀から15世紀まで続いたイベリアの文化共生圏が様々な音楽的革新に満ちていたことに触れている。ウードは5弦になり、プレクトル(ピック)も発明されたほか、シルヤブ(Ziryab)という9世紀の音楽家による様々な革新があったのだという(細分律などの導入など)。特に重要なのは「組曲」の発明。「suite」の後が使われるのは15世紀になってからだというけれど、その先駆け的なものは10世紀末のバグダッドに現れ、アンダルシアで発展していくという。これはその後の西欧音楽にも大きな影響を与えていくわけだ。この録音はシルヤブとその継承者たちの楽曲を即興を交えて収録したものということで、とても刺激的な一枚になっている。

これに関連して、クリスチャン・ポシェ『アラブ・アンダルシアの音楽』(Christian Poché, "La Musique Arabo-Andalouse", Cité de la musique - Actes sud, 1995)も読んでいるところ。20世紀におけるアラブ・アンダルシア音楽の復興運動が、マグレブなどのナショナリズムに関わって起きてくる話などがとりわけ興味深い。こちらでもシルヤブの話がちょっと出てくるが、割と小さな扱い。むしろ12世紀のイブン・バジャ(Ibun Bajja)が、キリスト教の宗教音楽などとの混合を果たしたとして重要視されていたり。シルヤブを大いに買っていたのは14世紀の歴史家イブン・ハルドゥーンなのだとか(ハルドゥーンはバジャをむしろ哲学者として扱っているという)。この書籍にはCDが付属していて、そちらは民衆的な音楽演奏(モノラル音源)が収録されていてこれまた興味深い。洗練とはほど遠いけれど、生活に密着している感じの歌や伴奏は、まさに根源だなあと。

この書籍の表紙に使われているのは、13世紀の「聖母マリアのカンティガ集」からの挿絵の一部。リュートを弾くムーア人(イスラム教徒)とキリスト教徒とされる部分。なるほど、よーく見るとキリスト教徒は手弾きのようだけれど、ムーア人の方がプレクトルを使っている。

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投稿者 Masaki : 23:36

2005年11月12日

ランディーニ

アンサンブル・ミクロロゴスの新作だというランディーニ『甘美なる花(fior di dolceca)』(ZZT050603)。ランディーニは14世紀イタリアはフィレンツェの音楽家。イタリアのアルス・ノヴァの代表格で、世俗曲の4分の1はこの人の手によるものなのだとか(ライナー)。教会のオルガニストだったそうだが、教会音楽は散逸してしまったというけれど、140もあるというバラータ(古民謡)は15世紀ごろまで写本で出回っていたという。なるほど収録曲はいずれも、13世紀のトルバドゥールの伝統を引き継ぎつつ、そこにポリフォニーの面白さを加えたようなものばかり。旋律はきびきびした動きで、いかにも舞曲といういきのよさ。でもどこか土臭い感じがあってなかなか悪くない。「おお、陽気な娘よ(o fanciulla giulia)」、「信じなさるな、婦人よ(Non creder, donna)」あたりが特にそんな感じか。

さて、このランディーニの曲と詩を伝えるのは、有名なスカルチャルッピ・コデックス(squarcialuppi codex)という写本。これにランディーニほか、様々な作品が収録されているのだそうだ(→Wikiの項目を参照)。ライナーの表紙裏にも再録されているこの挿絵、オルガネットを弾いているのはランディーニなのだとか。この色彩もすばらしい。左脇に小さく描かれているのはリュートやビウエラ?

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投稿者 Masaki : 19:47

2005年11月09日

古代の音楽

こういうのを聞くと、なかなか不思議な気分になる。『古代の音楽(La musique de l'antiquité)』(Century, harmonia mundi, HMX 2908163)。古代ギリシアの詩句、旧約聖書の詩句(詩篇、雅歌、哀歌、エステル記)、ビザンティンの聖歌、メルキ典礼の聖歌、ガリアの奉献文など、いわば地中海一帯の失われた音楽の「復元」を試みたもの。演奏はやはりどこか今風(?)。とくにギリシアものはなんだかとても違和感が……でもライナーには、楽器の復元から始まり、様々な資料に綿密に当たって検証し、再構築したものだとされている。こうした失われた音の「復元」は「再構築」であることを決定的に宿命づけられているのは当たり前だし、その復元努力には敬意を表するけれど、どこか「西欧」的な響きがついて回るのが少し気になる気も(笑)。とはいえ、聖書の詩句やビザンティンの聖歌などは圧巻(こちらは一転してアラビア色が濃い)。さらにそれと一続きをなしているメルキ典礼(エジプトやシリアのギリシア正教)の聖歌も興味深い。

ジャケット写真はミレトスの墓の彫像とのことだが、それよりもライナーの背表紙部分にある、演奏家たち(アンサンブル・メルポメン)がギリシアの絵から復元したという楽器を持って映っている写真がなかなか興味深い。類似の壺絵の写真を掲げておこう。また表紙の返し部分にあるプトレマイオスの地図(一部)も秀逸。15世紀初頭のラテン語写本からのもの。

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投稿者 Masaki : 23:50