2006年03月26日

シュッツの「マタイ」

アカデミアというフランスの演奏集団によるシュッツ『マタイ受難曲』(ZZT 050402)を聴く。これは見事な一枚。ヴィヴィッドに、また二重三重に応酬する声たちが素晴らしい。福音史家と登場人物たちのやりとりも見事なパス回しという感じだし、合唱部分も各声部が互いに競い合いながら融合する。対位法の醍醐味、奥行きを存分に味わえる演奏だ。指揮はフランソワーズ・ラスール。作品的には、この『マタイ受難曲』(SWV479)はシュッツの老境の作品(1666年)。ドレスデンの宮廷での礼拝用に作曲されたものだといい、聖週間の演奏では楽器を用いないというのが制約としてあったのだそうで、この伴奏なしの、語りに近い単旋律歌唱は、曲として見ても伝統に則りながら表現性の面で革新的なものだったのだという。うん、シュッツのほかの受難曲や、さらにそれに先行するものもぜひ聴きたいところ。

投稿者 Masaki : 23:17

2006年03月17日

マルコ受難曲

聖マルコつながりで(笑)、DVDでトン・コープマンの復元による『マルコ受難曲』(バッハ、1731年)を聴く。イタリアの放送局RAIによる製作で、2000年3月30日にミラノのサン・シンプリチアーノ教会でのライブ録音。演奏はアムステルダム・バロック・オーケストラ&合唱団。期待した以上に(笑)情感たっぷりな演奏だ。この復元版マルコは日本でも2000年ごろに演奏されたはず。スコアが現存しないバッハの『マルコ受難曲』だけれど、小林義武『バッハとの対話』(小学館、2002)によると、歌詞は残っているのだそうで、当時多用されていたパロディ(歌詞を変えての転用)から、5曲のアリアと3曲の合唱のほか、相当な部分を復元できるのだという(レチタティーヴォは除き)。けれどもコープマンは本人言うところの「創造的アプローチ」でもって、1731年の復活祭前に作曲されたものを再構成したのだそうな(ライナー)。結果は……賛否両論あるとはいえ、いや〜なかなかいいんじゃないの、という感じ。あくまでコープマン編曲版としてだけれど、バッハへの深い理解と敬意を感じさせる。

サン・マルコつながりついでに(笑)、サン・マルコ美術館(フィレンツェ)所蔵のフラ・アンジェリコ(1400-55)作の祭壇画。
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投稿者 Masaki : 23:47

2006年03月10日

ガーディナーの新作・旧作

ガーディナーものを二つ立て続けに聴く(見る)。一つは昨年の新作で、バッハ『すべては神とともにあり(Alles mit Gott)』(モンテヴェルディ・プロダクション、SDG114)。アルヒーフ財団の研究者が発見したという自筆譜の世界初録音だという表題作(正確には「すべては神とともにあり、神なきものはなし」)のほか、様々なカンタータからの合唱・二重唱などのアンソロジーが収録されている。モンテヴェルディ合唱団とイングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏。うん、ガーディナーのどこか突き抜けたような明るさが炸裂するバッハ、という感じ。この人の持ち味はやはりこういうところなんだなあ、と。このレコーディングプロダクションって、ガーディナー自身が運営しているものらしい。

もう一枚はDVDで、昔の定番中の定番。モンテヴェルディ『聖母マリアの夕べの祈り』(Archiv)(89年のサン・マルコ大聖堂でのデジタル録音、BBCとDeutsche Grammophonの共同制作)。定番だけあって、実に奥行きのある音。「完璧に近いパフォーマンス」なんて言われているけれど、ここまで夾雑物が少ないとなんだかかえって落ち着かないかも(笑)。まだ若いガーディナーの姿がとても印象的だ。おー、キタローネ弾きにはリンドベルイの姿も(ただ残念ながら、キタローネはあまり響いていないなあ)。そういえばガーディナーには74年のアナログ録音盤もあるんだっけね(未聴だけど)。音楽学者の小川伊作氏の論考に、この曲をめぐる様々な問題などが指摘されていて興味深い。

ちなみにこのDVDのもう一つの楽しみが、なんといってもヴェネチアのサン・マルコ聖堂を飾るモザイク画の数々だ。多少画質は悪いけれど、曲の合間など要所要所に挿入されるそれらの絵はとても見応えがある。Webにはあまりそうしたモザイク画の画像は転がっていない。とりあえず見つけた「ユダの接吻」の場面をどうぞ。
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投稿者 Masaki : 00:29

2006年03月03日

南米のスペイン音楽

カルロス・メーナ+アル・アイレ・エスパニョル(エドゥアルド・ロペス・バンソ)による『南米のスペインの歌曲(La Cantada espanola en America)』(HMI 987064)を聴く。収録曲はライナーによるとグァテマラの教会で発見された楽譜による18世紀前半ごろの宗教曲だそうだが、軽やかさをたたえた世俗的な曲想。なんだか春めいていていい感じだ(笑)。ソプラノではなく、アルトのカストラート(18世紀前半に登場)用の曲だという。ホセ・デ・ネブラ、ホセ・デ・トーレスといった作曲家の作品だというのだけれど、前者は後者の弟子なのだそうで。演奏については、曲想と相まって、明朗な感じではあるけれど、ちょっと期待が大きすぎて……(笑)。そういえば少し前のビクトリアのミサ曲でも思ったけれど、メーナの声って、端正ではあるものの存在感という意味ではちょっと……という感じがあるような。ま、生で聴けばまた違うのだろうけど。まったく関係ないが、首飾りのついた服を着た3人の黒人(というか混血:ムラート)が描かれているジャケット絵は、アンドレス・サンチェス・ガルケという画家による肖像画。でもこれを見て連想したのは、「彼らとこちらとどっちが野蛮だというのか」というようなことを記したモンテーニュの『エセー』の一節(1巻31章)。ライナーの冒頭にあるような、18世紀は音楽的言語が最も世界化した時期の一つだ、みたいな安直にすぎる記述と、好対照をなしているかも。

投稿者 Masaki : 18:37