2006年06月23日

ピーズコッド・タイム?

今週はチェンバロとヴァージナルの実に美しい音色の一枚を聴く。すごく久々のイギリスものだ。ベルトラン・キュイエの演奏による『ピーズコッド・タイム(pescodd time)』(Alpha 086)。16、17世紀のイギリスの鍵盤音楽集で、ウィリアム・バード(William Byrd)とその弟子とされるピーター・フィリップス(Peter Philips)、ジョン・バル(John Bull)などの曲を収録している。複雑さ、壮麗さでは、やはり弟子よりも師匠のバードのほうが一枚上かな(笑)。キュイエ(Webページあり)の演奏はとても穏やかな音色で秀逸だ。ヴァージナルというと、鍵盤に対して弦が並行に張ってある楽器(斜めに張ってあるものをスピネットといったりもする)で、英国とオランダで16、17世紀に流行ったもの。表題作の「pescodd time」はどういう意味なのだろう?副題的に「The Hunt's up」とあって、狩りの開始を告げる音、転じて激励の曲だというわけなのだけれど、pescoddはおそらくpeasecod(エンドウのさや)の古い形。16世紀頃にpeasecodっていうと、キルティングを施し腹部を膨らませた上着という意味もあるのだそうだ。ライナーには、Hunt's upの方はシェークスピアの『ロミオ&ジュリエット』に、peascodも『ヘンリー4世』にそれぞれ出てくる語だと記されている。まだ熟していない(さやの中にある)頃ぐらいの意味なのかしら?

ヴァージナルが出てくる絵画でとくに有名なものといえばやはりこれ。フェルメール『ヴァージナルの前に立つ女』(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)
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投稿者 Masaki : 23:30

2006年06月16日

ハ短調ミサ

今週はあまり古楽系のものは聴いていないので、少し前のものを。アクセントゥス+ラ・シャンブル・フィルハーモニック(エマニュエル・クリヴィヌ指揮)のモーツァルト『ハ短調ミサ』(naïve)。ナイーヴの小冊子型版。荘重にしようとかいう気負いもなく、ただ単に軽やかさをねらったわけでもなさそうな、妙にさらりとした感じのモーツァルト。別に蛋白ということでもなく、凡庸というのともちょっと違う……うーん、表現に迷うような演奏だ。けれども意外にこういうニュートラルな感じの、ある意味気負いのない演奏というのは、モーツァルトによく合う気がするから不思議だ。というかハ短調ミサそのものがそういう性格のものなのかも、という気もしてくる。

小冊子を飾っているのが、色彩模様を付けた教会のステンドグラスの写真。クロード・ヴィアラの作だという。斜めのゆるい四角形が並ぶのは、ヴィアラのお得意のモチーフらしい。ステンドグラスをもちいた現代芸術としては、コンクのサント・フォワ教会のスラージュ作のステンドグラスも有名。これなどは半透明のガラスで、均質でないために光が違って見えるという仕掛けなのだという。このモーツァルトを聴いて、なんだかそっちを連想してしまったり(笑)。

投稿者 Masaki : 20:43

2006年06月07日

レッド・プリースト

昨日は、初来日だという四人組『レッド・プリースト』の公演に。会場は結構よい反応を示していたけれど、個人的にはそれほど面白みを感じられなかった……ちょっと体調があまりよくなかったせいか?プログラムはバッハのプレリュード(パルティータ3番)から始まって、チーマ、ジョンソン、ストランジなどをめぐり、グループ名の由来となったヴィヴァルディのコンチェルト・グロッソ・イ短調、ヘンデルのアリア、バッハの無伴奏チェロ組曲1番のプレリュード、さらにヴィターリのシャコンヌへといたるのが前半。後半は同グループの十八番だという「画期的」な『四季』。けれどもこの集団、それぞれの技巧や持ち味には見るべきものがあるように思えるのだけれど(各人のソロパートはそれなりに良い)、全体的にはどこか雑な印象を受けた。ステージ演出なども蛇足な感じ。まあ会場はそれなりに受けていたみたいだけれど……『四季』にしても、そんなにいいアレンジでもなく、たとえば某ジャズ・ギタリストなどがアレンジ譜で弾くプレリュードが、それなりに聴けはするけれど音楽的な感動はない、というのとほぼ同じような感触。これってアンドレ・リュウとか目指してる?うーん、アンコールでちょっと見せたように、スコットランドやアイルランド系のトラッドフォークみたいな方向が、このグループにはサウンド的に合っている気がするのだけれど……。

投稿者 Masaki : 18:44

2006年06月02日

13世紀のフランス音楽

もう6月だというのに、フランスは一部地域で雪まで降る寒さだそうだ。なんだかなあ、という感じ。気候変動の影響というのは、文化的営為にもゆっくりと影響を与えていくかもしれないなあ、と。そういえばリュート奏者の中川祥治氏がご自身のブログで、古楽が湿度の高いアジアで普及するには、冷房の一般化するほどの経済水準が必要ではないか、と書いていらした。うん、そういう質料因的なものは意外に大きな影響を与えている気がする。

ま、それはともかく、本来ならヨーロッパは気候的によい季節。だからというわけでもないけれど、13世紀のフランスの歌をCDで2本聴く。一つはリジェリアーナという女性グループによる『デ・アモーレ−−13世紀のフランスのポリフォニー:モンペリエ写本』(CAL 9360)。モンペリエ写本というのは有名な写本で、世俗曲・宗教曲合わせて330もの曲が収められたものだという。それだけの膨大な集成(8分冊)だけに、これまで、その全体の豊かさを伝える録音はなかったという。で、本作というわけなのだけれど、なるほど、各分冊から選び抜いた選曲という意味で、貴重な録音ではあるのだろうし、確かにアンサンブルは端正だし、綺麗に響いてはいるのだけれど、アルバム全体としては少し単調な感じがする。うーん、別にアレンジを加えてほしいわけじゃないんだけれど……。

これに対して、歌というか詩というか、躍動感を感じさせる一枚が、ディアボルス・イン・ムジカによる『甘き協和−−トゥルヴェールの歌』(Alpha 085)。ティボー・ド・シャンパーニュやクレティアン・ド・トロワなど、12世紀から13世紀にかけての有名どころの詩人たちの歌。どこか闊達なパフォーマンスは、洗練された世俗曲という曲想自体にもマッチしていて心地よい感じ。

この後者のジャケット絵は『カンジェの曲集』からティボー・ド・シャンパーニュを描いた挿絵だそうな。ダンテをして最大級の賛辞を送らせた詩人は、シャンパーニュとブリの領主でもあった。ここでは『十字軍に出発するティボー・ド・シャンパーニュ』(Bibliothèque de l'Arsenal、Paris)という絵を挙げておこう。
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投稿者 Masaki : 23:13