2008年09月17日

「配置」の問題

柳澤田実編『ディスポジション−−配置としての世界』(現代企画室、2008)を読んでみる。論集なのだけれど、書籍の感触としては現代思想系の雑誌のような雰囲気を湛え、また、帯が一体になったような表紙カバーが特徴的だ。このあたりの手触りもまた、同書が多面的に論じる「配置」の実践ということかしらん。ディスポジション(配置)とはつまり、「人を取り巻き態勢づけるもの」なのだという。こうした定義から、環境論やオントロジー、さらには対人論など、いろいろなものが入ってくることが予想される。なかなかに豊穣な主軸かもね。実際、収録されている文章も、スピノザの実体論からフーコーの権力概念を経てギブソンの生態学をめぐる冒頭の対話、イエスの接近・行為論、アフォーダンスにもとづく生活学、環境型ロボットらしいサイクロプスの話、デカルト哲学、建築学でのウィトルウィウスの「残滓」、マティスの布置論、日本建築とイデオロギーなど、見所たっぷりの一冊。なるほど配置=態勢か。その意味では、中世の「ハビトゥス」の系譜なども一考に値しそうだなと、個人的にちょっと思ってみたり。うん、そんなことを考えるのも面白そうだ。

投稿者 Masaki : 22:59

2008年07月15日

モダン・オントロジーの有益な対話

エコがらみの「環境」問題が取り上げられるほどに、より根源的な「人間にとっての環境とはそもそも何か」という問題が語られることはますます少なくなっていく……そういう逆説を感じている向きには(そういう人がいればだが(笑))朗報となる一冊が出た。河野哲也ほか編『環境のオントロジー』(春秋社)。これはとても有意義な一冊。アフォーダンスで知られるギブソン流の生態学と、分析哲学系の熱い「形式存在論」のそれぞれの論考(学問的な俯瞰という感じの論文が並ぶ)が一堂に会し、希有の「対話」誘導本になっている感じだ。つまり、読む側は双方の立場が意外に近接しているのではないか、通底するものがあるのではないか、ということを知らされるという趣向。ギブソン流の生態学が、ある種の一般論的な知覚の相互作用性を前面に押し出すとすると、形式存在論はさらに抽象的なレベルから、存在するものの相互性に向けた論理学的な思考を展開してみせる。その過程でアリストテレスの実体論が再評価されたりもし、ホワイトヘッドの実体=仮象論なども取り上げられる。うーむ、なかなかに刺激的だ。個人的に思うのは、より抽象レベルを下げて、人が取り巻かれる人工環境の媒介性みたいなものを扱う存在論も夢想できるかもということ。メディオ・オントロジーみたいな(?)。いや〜マジでそのあたりは考えてみないとね。

投稿者 Masaki : 23:38

2008年06月11日

不可思議な存在

「幽霊や天使以上に不可解な存在者」というのが、実は日常生活レベルに「存在」しているという。それはなんと「穴」なのだ。なにしろそれは、厳密に考えた場合、どういう「存在」なのか今ひとつはっきりしないものだから。モノに穴が空いているとき、その穴はモノが移動すれば移動するのか、モノが回転すれば回転するのか、モノと穴との境界は、モノと穴のどちらに「属する」のか、などなど、うーん、確かに考え出すときりがない。で、この問題、実は現代の分析哲学系の存在論の大問題であるらしい。これを詳細に論じた注目の一冊が、加地大介『穴と境界--存在論的探求』(春秋社、2008)。こりゃむちゃくちゃ面白いでないの。

「穴って表面的に欠如部分があった場合を言語的に名付けられただけのものでしょ?」とか「それは認識の問題だよね」なんて、大陸系の人たちなら言うところかも。けれども分析哲学的には、より精緻な、ミクロレベルにまで降りていった上で実在論的検証を行うことになる、と。で、当然ながら過去から現在まで、様々な学説が登場しては批判されてくることになる。このあたり、アリストテレスのはるかな衣鉢を継ぐカテゴリー論なども絡んで、実に悩ましいことになるらしい。穴のめぐる諸説には、スコトゥス的な空間論みたいなものもあり、中世的な思想の残響が形を変えて響いていたりするのがとても興味深い。もちろん現代の形而上学だけに、メレオロジー(部分論)などかなり数学的なモデルが用いられるわけだけれど、同書はそのあたりをかなり懇切丁寧に説いてくれてわかりやすい。よく、現代の哲学者というと、大衆的イメージとして、コップの水を眺めてもその存在論的な思索をめぐらす変な人みたいな像があったりするが(笑)、それはまさに分析哲学にこそ相応しい……ただし、分析哲学は実はとりたてて変というわけではないのだなあ、と。実際、同書の最後のほうでも触れられるけれど、カテゴリー論、存在論はコンピュータサイエンスでも「オントロジー」の名のもとに応用されているわけで。

投稿者 Masaki : 23:54