ラトゥールの遺言

アクターネットワークの未来など


青土社の『現代思想』3月号(特集:ブルーノ・ラトゥール)に一通り目を通しました。昨年10月に逝去したことを受けての回顧的な特集ですが、すでにしてその全体像の最初の総括という感じになっています。

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前半はまさに総論というか、全体的総括が並んでいます。ラトゥール自身のインタビュー、グレアム・ハーマン、福島真人、檜垣立哉などによる総括などなど。英語圏でデビューが早かったため、当初はブルーノと英語表記さていたラトゥールは、その後にフランス系の現代思想やその前の科学認識論などの系譜が取り上げられるようになって、ブリュノの表記が増えてきた、なんてこまかいことが反復されていますね。で、中盤ではラトゥールのもちいる概念や、その思想史的な位置づけを振り返る論考が並んでいます。バシュラール、セールといったあたりからの流れ、さらにはタルドからの流れがまとめてられているあたり、なかなか印象的です。

アクターネットワーク理論(ANT)で広く知られるようになった感があるラトゥールですが、ANTそのものがラトゥールだけのものではないことも、何度も言及されています。ミシェル・セールあたりが、二項対立を脱臼させるべく第三項を説くのに対して、ラトゥールは二項対立の「あいだ」にハイブリットを多数想定することで、逆説的に(でも意図的に?)二項対立そのものをとことん突き詰めていく、という指摘もとても面白いです。

ANTは確かに、人間と人間以外のもののネットワークを詳細に記述していこうとするあたりで、タルドが理論に求めた微細な関係性のデータ化・可視化を、まさしく実現しようとしているような趣もありますね。でもANTは実践という点でどうなのか、微に入り細に入りすぎて、記述として「もたない」のでは、といった、前から感じている疑問は依然残ります。そのあたりの疑問解消にはまだまだ至っていないのが、多少もどかしい気もしています。

『異常【アノマリー】』

変格SF?


エルヴェ・ル・ティリエ(Hervé le Tillier)のゴンクール受賞作(2021)、『異常【アノマリー】』(加藤かおり訳、早川書房、2022)を読了しました。いや〜、これは面白い。ほとんどSFです。ただ、大下宇陀児がみずからの探偵小説を本格ならぬ変格と称したように、これはいわば「変格SF」になるのでしょう……か。

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ちょっとしたハードボイルドものを思わせる話から始まる本作は、その後、群像劇のようになっていきます。で、どの話にも飛行機が乱気流に巻き込まれた話が出てきます。それが結束点になっていくのだろうなと予想していると、どうやらそれが尋常ならぬ出来事らしかったことがわかってきます。

あんまり書くとネタバレっぽくなってしまいますが、連ドラの『マニフェスト』が、もっと違った話になったら、その可能性の一つとしてこれがあるかな、という感じでしょうか。「変格」だけに、本作の読ませどころは、なんといってもちりばめられた数々のパスティーシュだったり、ある種の思考実験だったり(ヴァーチャル理論とか神学論争とか、いろいろ出てきます)。

あらゆる現代小説はなんらかの思考実験でなくてはならない、と個人的には思っていますが、これは実に見事な思考実験になっていると思います。従来のゴンクール賞ものによくあった、とってもつまらない心理や情景の細部の描写などはなく、アメリカあたりのサスペンス小説の活劇的技法を大胆に取り込んだ作品になっていますね。フランスの文学賞も変わっていくのかな、という感じがします。個人的には大いに歓迎したいところです。