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新刊情報(ウィッシュリスト)

久々にウィッシュリスト(笑)。この秋から冬にかけては例年に比べめぼしいものが少なかった。うーん、冬から春にかけては期待したいところだが……。

『詩学』第二巻?

ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』で重要なアイテムとされたアリストテレスの『詩学』第二巻。喜劇を扱ったとされるその失われた書を再現しようなんていう研究も、実際にあったことを遅ればせながら最近になって知る。うーむ、前半を中心にざっと目を通してみただけだけれど、これはちょっと驚き。リチャード・ジャンコ『アリストテレスの喜劇論』(Richard Janko, “Aristotle on Comedy – Towards a Reconstruction on Poetics II”, Duckworth, 1984-2002)というもの。パリのコワスラン・コレクションなるものにあった「Tractatus Coislinianus」という写本(現在はパリ国立図書館所蔵とか)が、どうやらその失われた第二巻に関連したなんらかのテキストの写し(第二巻そのものではなく)なのではないかということで、同じテキストの異本を突き合わせ、さらにほかの著者らによる第二巻の引用・証言などを照合して、内容・構成の両面から考察し、さらに勢い余るかのように、アリストテレス『詩学』第二巻のありうべき「復元」をも試みるというもの。限られた資料からの、これが果たして最適解なのかどうかは不明だけれど、なにやら壮大な意気込みだけは伝わってくる(笑)。ここまでが前半。後半は復元後のテキスト註解に当てられている。ちょっとこの本の評価とかも知りたくなった。

今年の『中世思想研究』

学会誌『中世思想研究』(51号、中世哲学会編)が今年も出ている。早速入手。冒頭、いきなり衝撃。存命とばかり思っていた山田晶氏が、2008年2月に亡くなられていたことを知る。いくつかの追悼文が捧げられ、業績一覧もまとめられている。2008年の年頭は、先の長倉氏といい、日本の中世思想史研究の重鎮が相次いで亡くなるというmauvaise saisonだったのか……。

収録論文では、このところの研究対象の多彩化という意味で、土橋茂樹「バシレイオスのウーシア – ヒュポスタシス論」が、バシレイオスの著作に見られるウーシア論の時代的変遷を描いていて興味深い。また、シンポジウムの報告、秋山学「ビザンティン世界における『知』の共同体的構造」は、ダマスコのヨハネ(ダマスクスのヨアンネス)を中心とした写本の製作・伝承の実態を浮かび上がらせようとするとても面白いもの。写字生たちの取捨判断というか、一種の「編集指向」のようなものが、合本形式の写本の異同から読み取れるという次第。

イスラム圏でのギリシア人

年二回刊行の『理想』最新号(No.683)は特集が「中世哲学」。聞き覚えのある執筆陣が並ぶ。内容も、ギリシア教父関連、アウグスティスヌ、トマス、エックハルト、クザーヌスなどなど、ほかの某学会誌に並ぶようなテーマというかタイトルが多いのだが、そんな中、個人的には三村太郎氏の論文(「中世イスラーム世界における『ギリシア哲学者』の存在意義とは」)がとりわけ目を惹く。アル・ファラービーがアリストテレス主義者だという話はよく聞くけれども、ではいかにしてファラービーはアリストテレス主義者になりえたのか、という問題設定。ここから、大きな歴史的動きが浮かび上がる。アラビア語でのキリスト教護教文献の登場とともにイスラム教との間に宗教の正当性をめぐる議論の場ができ(アッバス朝が率先して設けた)、そこにギリシア語話者のキリスト教系の医者たちが参加する。彼らは医学知識でもってパトロンに仕えていたものの、様々な助言をもする存在で、彼らがアリストテレス哲学(とくにオルガノン)を浸透させる役割を果たした、というわけだ。なるほどこれも、最近の研究動向というか、アラブ世界のアリストテレスの再発見にギリシア系の人々が一役買っていたという話に連なる研究成果。うーむ、やはり中世ギリシア圏は面白そう。

中世の「啓蒙思想」

むー、相変わらずの腰痛。こういうときはなかなか集中できないのだけれど、とりあえず、ジェラルディン・ルー編『中世の啓蒙思想』(“Lumières médiévales”, dir. Géraldine Roux, Van Dieren Éditeur, 2009)というのを読み始める。思いがけずマイモニデスやイスラム系の話が主で、ちょっと嬉しい。3部構成の第1部をつらつらと眺めているだけだけれど、ユダヤ教の一部反律法・メシア待望論の人々が焚書に加担していた話とかが面白い(ダヴィッド・ブレジス)。当然、マイモニデスはそれを言語同断とはねつける。そういう蒙昧さに理性でもって立ち向かったというマイモニデス像は健在。編者のルーはマイモニデスが『迷える者への手引き』で理想として説いた「実践なき観想」についての考察。さらにいくつかマイモニデス関係の論考が続き、その後にはニュッサのグレゴリオス論(アラン・デュレル)。けれどもこれはなんだかさわりだけという感じで食い足りないっす(苦笑)。まだ見ていないけれど、第2部にはアル・ファラービー論やらエックハルト論などもある。ちょっと楽しみ。