2005年04月30日

講読用原文3

(5.)  Πᾶν πλῆθος δεύτερόν ἐστι τοῦ ἑνός.
   εἰ γὰρ ἔστι πλῆθος πρὸ τοῦ ἑνός, τὸ μὲν ἓν μεθέξει τοῦ
πλήθους, τὸ δὲ πλῆθος τὸ πρὸ τοῦ ἑνὸς οὐ μεθέξει τοῦ ἑνός,
εἴπερ, πρὶν γένηται ἕν, ἐστὶν ἐκεῖνο πλῆθος· τοῦ γὰρ μὴ ὄντος
οὐ μετέχει· καὶ διότι τὸ μετέχον τοῦ ἑνὸς καὶ ἕν ἐστιν ἅμα καὶ (5)
οὐχ ἕν, οὔπω δ’ ὑπέστη ἕν, τοῦ πρώτου πλήθους ὄντος. ἀλλ’
ἀδύνατον εἶναί τι πλῆθος μηδαμῇ ἑνὸς μετέχον. οὐκ ἄρα πρὸ
τοῦ ἑνὸς τὸ πλῆθος.

   εἰ δὲ δὴ ἅμα τῷ ἑνί, καὶ σύστοιχα ἀλλήλοις τῇ φύσει
(χρόνῳ γὰρ οὐδὲν κωλύει ), οὔτε τὸ ἓν καθ’ αὑτὸ πολλά ἐστιν
οὔτε τὸ πλῆθος ἕν, ὡς ἀντιδιῃρημένα ἅμα ὄντα τῇ φύσει εἴπερ
μηδέτερον θατέρου πρότερον ἢ ὕστερον. τὸ οὖν πλῆθος καθ’
αὑτὸ οὐχ ἓν ἔσται, καὶ ἕκαστον τῶν ἐν αὐτῷ οὐχ ἕν, καὶ τοῦτο
εἰς ἄπειρον· ὅπερ ἀδύνατον. μετέχει ἄρα τοῦ ἑνὸς κατὰ τὴν
ἑαυτοῦ φύσιν, καὶ οὐδὲν ἔσται αὐτοῦ λαβεῖν ὃ μὴ ἔστιν ἕν· μὴ
ἓν γὰρ ὄν, ἐξ ἀπείρων ἄπειρον ἔσται, ὡς δέδεικται. πάντῃ ἄρα
μετέχει τοῦ ἑνός.

   εἰ μὲν οὖν τὸ ἕν, τὸ καθ’ αὑτὸ ἓν ὄν, μηδαμῇ μετέχει πλήθους,
ἔσται τὸ πλῆθος πάντῃ τοῦ ἑνὸς ὕστερον, μετέχον μὲν τοῦ ἑνός,
οὐ μετεχόμενον δὲ ὑπὸ τοῦ ἑνός.

投稿者 Masaki : 22:46

2005年04月21日

No.55

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.55 2005/04/16

------新刊情報--------------------------------
季節の変わり目で、ようやく暖かくなってきました。古本屋などの散策にも絶好
の季節ですね。もちろん新刊も、ですけれど(笑)。

○『クリュニー修道制の研究』
関口武彦著、南窓社
10,000yen、ISBN:4-8165-0333-1

クリュニー修道院というのは10世紀にアキテーヌ公ギヨーム1世が創設した修道
院で、そこの修道院改革(貧民救済、典礼重視、中央集権組織)は、11世紀後
半のグレゴリウス7世の改革の先駆をなすものとされています。12世紀がその修
道院の最盛期と言われていますが、本書はそのクリュニーについての論考をまと
めたものらしく、フランス革命での廃絶まで実に800年の歴史を追った大著のよ
うです。学術書がますます刊行されにくくなっている中、こうした研究書が出る
のは喜ばしことですね。

○『リチャード獅子心王』
レジーヌ・ペルヌー著、福本秀子訳、白水社
3,360yen、ISBN:4-560-02605-X

ご存じフランスの歴史家ペルヌーによるリチャード1世伝。翻訳もお馴染み福本
氏。白水社の立ち読みページ(http://www.hakusuisha.co.jp/topics/
lionheart.html)にちょっとさわりがあります。これによると、リチャード1世
は統治期間が短いわりに、英国では大人気の王なのですね。その秘密は、その波
瀾万丈な生涯と、さらに後世の伝説化がものをいっているのではないかと思いま
す。そのあたりに、どれほど踏み込んでいるのかちょっと楽しみでもあります。

○『ジェントリから見た中世後期イギリス社会』
新井由起夫著、刀水書房
10,290yen、ISBN:4-88708-340-8

題名通り、中世後期のジェントリを中心とした社会関係の研究のようです。ジェ
ントリというと、ノルマンコンクエスト以後、貴族階級の一員と認められなかっ
た騎士階級が、長い時間をかけて様々な社会的役割を担うようになった頃(14
世紀)の呼び名ですね。行政職から軍事、法務など多岐にわたる職務を担ったエ
リート層ということで、16世紀のチューダー朝では、英国国教会成立に伴う修
道院の解体で土地や財産の分配を受け、貴族に代わる存在にまでなったのでし
た。長い間エリートでありながら中間管理職に甘んじざるをえなかった階級だけ
に、その社会関係というのはとても面白そうです。

○『中世とは何か』
ジャック・ル・ゴフ著、池田健二・菅沼潤訳、藤原書店
3,465yen、ISBN:4-89434-442-4

退官後も旺盛な著述活動を続ける大家ル・ゴフの最新邦訳。原著は2003年刊の
"A la recherche de Moyen Age"で、文化ジャーナリストとの対話という形で自
己の研究人生を振り返ったもの。藤原書店のページ(http://www.fujiwara-
shoten.co.jp/index_2.html)で、訳者によるPR誌からの抜粋が読めます。ル・
ゴフの歴史書への入門編という感じにもなりそうです。


------中世の古典語探訪「ラテン語編」------
第6回:動詞の活用(第1、第2変化、未完了時制)

今回は動詞についての復習です。動詞では態と時制とが問題になるのでした。態
は行為を及ぼすという能動態と、行為を及ぼされるという受動態に分かれます
し、時制はまず大きく未完了時制と完了時制に分かれます。未完了時制は動詞が
表す行為がまだ終わっていないということを表し、未完了過去形、現在形、未来
形に分かれます。完了時制はある時点で行為が終了していることを表し、過去完
了、完了形、未来完了があります。でもって、それぞれが人称変化するのでし
た。主語によって形が変わっていくのですね。こう書くと面倒そうですが、変化
はわりと規則的で、案外すぐに慣れていけます。第1変化、第2変化といわれる
ものの変化表を挙げてみましょう(この連載シリーズでは、文法の網羅的記述を
目指しているわけではなく、ポイントごとに巡っていくだけの文法談義ですの
で、表も最低限しか挙げません。正式な入門書や文法書でご確認いただくことを
お勧めします)。人称は順に、私、あなた、彼・彼女、私たち、あなた方、彼た
ち・彼女たち、です。現在形なら「私は愛す」「あなたは愛す」「彼・彼女は愛
す」……となっていきます。未完了過去なら「私は愛していた」、未来なら「私
は愛するだろう」という感じになります。

第1変化の例:amare
現在形:amo、amas、amat、amamus、amatis、amant
未完了過去:amabam、amabas、amabat、amabamus、amabatis、
amabant
未来形:amabo、amabis、amabit、amabimus、amabitis、amabunt

第2変化の例:delere
現在形:deleo、deles、delet、delemus、deletis、delent
未完了過去:delebam、delebas、delebat、delebamus、delebatis、delebant
未来形:delebo、delebis、delebit、delebimus、delebitis、delebunt

基本的な語尾変化は似ていますね。不定詞形(原形)からreをとって、語尾を
くっつける(amoだけは例外です)というのが作り方の説明ですが、よく講座な
どで言われるのは「諳んじて口調で覚えるべし」ということです。ただその際に
気を付けなくてはならないのは、母音の長短とそれによるアクセント位置です。
原則として、不定詞からreを取った際の末尾の母音は長くなり、そこに音節によ
るアクセント規則(第3回参照)が適用されます。そうすると、例えば未完了過
去の場合、語尾(bam、bas……)のaも長いので、そのため複数形1人称、2人
称でアクセントがbaの上に来たりする点が要注意です。また、アクセントには
影響しませんが、現在形の3人称(amat、amant)は、aの母音が短いのです
ね。

同じように受動態も一気に覚えてしまうとよいかもしれません。意味はそれぞれ
「愛される」「愛されていた」「愛されるだろう」ですね。

現在形:amor、amaris、amatur、amamur、amamini、amantur
未完了過去:amabar、amabaris、amabatur、amabamur、amabamini、
amabantur
未来形:amabor、amaberis、amabitur、amabimur、amabuntur

第2変化の受動態は表を省略しますが、基本的には、o、s、t、mus、tis、ntと
いう語尾が、r、ris、tur、mur、mini、nturに代わるだけです。また単数二人称
は、risの代わりにreになることもあります。

(このコーナーは"Apprendre le latin medieval", Picard, 1996-99をベースに
しています)


------文献講読シリーズ-----------------------
プロクロス『神学提要』その2

前回から始まりましたプロクロス。今回は提題の3と4を見てみます。抽象的な
議論ですが、集合論として捉えると結構常識的なことを述べているようにも思え
ます。原文は次のURLに掲載しておきました。
http://www.medieviste.org/blog/archives/000456.html

# # #
(3):一となるすべてのものは、「一」への関与によって一となる。
 みずから一でないものも、「一」への関与を受けるならば、一となる。それ自
体では「一」ではないものが一になる場合、おそらくは互いにまとまり共有する
ことで一になるのであり、一が現前しようともやはり「一」ではない。「一」に
関与するのは、一となることを受け入れたものだけである。すでに一であるな
ら、一にはならない。すでに存在するものは、存在するものにはならない。最初
は一でないものが一になる場合、なんらかの生成する一が、その一になるのであ
る。

(4):一をなすすべてものは、一性そのものとは異なる。
 一をなすものがある場合、それはなんらかの形で「一」に関与するだろう。そ
こから、一をなすと言われるのである。「一」に関与するのものは、一であり
「一」ではない。一性そのものは、一であり「一」ではないものとイコールでは
ない。一であり「一」ではないものの場合、そこにおいてまた一は、二つのもの
をまとめた一をもたらし、それは無限にいたり、かくして一性そのものは具体的
存在としては存在しえず、あくまで全体としての一であって、一つの存在ではな
いことになる。一をなすなんらかのものは「一」とは異なるのだ。一をなすもの
に存するその一は無限の多となり、そこから生ずるそれぞれは、皆同様に一をな
すのである。
# # #

前回同様、括弧をつけたことで多少文意ははっきりしてくると思います。「一と
なるもの」としたのはginomenon hen、「一をなすもの」はhe_no_menon、
「一性そのもの」はautohenをそれぞれ訳したものです。超越的な意味での一
(括弧付き)と「一性そのもの」は同義的に使われています。全体集合とその中
に含まれる個別の下位集合を考えてみればよいでしょう。全体集合があって、そ
の中に下位集合が形作られる場合、それはあくまで下位集合ですから、全体集合
とは一致するのではなく、全体集合に従属しています。これがいわば前回の部分
でした。提題3と4は逆の方向性で考えていて、ある具体的な集合を考える時、
それを下位集合だと見なすことによって、包摂する全体集合も仮構される、とい
う話になっています。集合が一つにまとまる時の「まとまり」が一性だとする
と、その「まとまり」という概念は当然、具体的な集合とは異なる抽象概念にな
ります。こうした集合論的な話は、哲学的伝統を考える上では欠かせないものに
なっています。

さて、せっかくテキストを読んでいるのですから、まずは著者と著作の位置づけ
から押さえていくことにしたいと思います。まずは今回と次回の2回に分けて、
希仏対訳本『プラトン神学』("Theologie platonicienne" lib.1, Les Belles
Lettres 2003)の序文で詳述されている、プロクロスの生涯と著書について大
まかにまとめておきましょう。プロクロスの生涯については弟子のマリヌスによ
る伝記『プロクロスの生涯』があるのだそうで、それによると、生年月日は412
年2月8日、没年月日は485年4月17日となっているようです。生地はコンスタ
ンティノポリスで、父親は法務官(弁護士)をしていて、その後一家はクサント
スという町に引っ越し、そこで幼少の教育を受けます。やがてアレクサンドリア
で修辞学やラテン語、ローマ法を学びますが(父親の意向で法律関係に進ませよ
うとしたのでしょう)、修辞学の教師とともにコンスタンティノポリスへ旅した
ことをきっかけに、哲学の道を志し、アテナイ学派のもとを訪れることになりま
す。親の意向どおりにいかないのは、世の常なのですね。

アテナイ学派ではまずプラトン主義者のシリアヌスに弟子入りし、そこからアテ
ナイのプルタルコスにも紹介されます。これが430年頃、プロクロスがまだ弱冠
19歳の頃です。すでに老齢だったアテナイのプルタルコスはまもなく没します
が、プロクロスはその老師に気に入られ、アカデメイアの長となったシリアヌス
とファミリーとして暮らします。シリアヌスと同門の弟子たちはアリストテレス
の全著作、そしてプラトンの著作を読破していきます。シリアヌスもほどなく没
してしまいますが、プロクロスは27歳にして、師の注釈をもとに『ティマイオ
ス注解』を書き上げます。兄弟子たちとの確執を経て(これもいつの世も同じか
もしれません)、プロクロスは25歳にしてシリアヌスの後を継ぎます。ここか
ら先、プロクロスは講義と執筆と他の哲学者らとの対話に精を出す日々を送って
いくのでした。ある種の理想的生き方ですね。その後、40歳前後までにオル
フェウス教や神的秘術の研究なども手がけ、キリスト教徒らとの対立も多少は
あったようですが、全体的には為政者たちとも友好な関係を維持し、弟子たちも
増えて、『パルメニデス注解』『プラトン神学』など主要な著作の数々が生まれ
ていきます。

というわけで、次回はその晩年の様子と、著作の位置づけなどをまとめましょ
う。本文は提題5を見ていきます。お楽しみに。

投稿者 Masaki : 21:55

2005年04月16日

講読用原文2

(3.)  Πᾶν τὸ γινόμενον ἓν μεθέξει τοῦ ἑνὸς γίνεται ἕν.
   αὐτὸ μὲν γὰρ οὐχ ἕν ἐστι, καθὸ δὲ πέπονθε τὴν μετοχὴν τοῦ
ἑνός, ἕν ἐστιν. εἰ γὰρ γίνοιτο ἓν ἃ μὴ ἔστιν ἓν καθ’ αὑτά, συν‑
ιόντα δήπου καὶ κοινωνοῦντα ἀλλήλοις γίνεται ἕν, καὶ ὑπομένει
τὴν τοῦ ἑνὸς παρουσίαν οὐκ ὄντα ὅπερ ἕν. μετέχει ἄρα τοῦ ἑνὸς
ταύτῃ, ᾗ πάσχει τὸ ἓν γενέσθαι. εἰ μὲν γὰρ ἤδη ἐστὶν ἕν, οὐ
γίνεται ἕν· τὸ γὰρ ὂν οὐ γίνεται ὃ ἤδη ἐστίν. εἰ δὲ γίνεται ἐκ τοῦ
μὴ ἑνὸς πρότερον, ἕξει τὸ ἓν ἐγγενομένου τινὸς ἐν αὐτοῖς ἑνός.

(4.)  Πᾶν τὸ ἡνωμένον ἕτερόν ἐστι τοῦ αὐτοενός.
   εἰ γάρ ἐστιν ἡνωμένον, μετέχοι ἄν πῃ τοῦ ἑνὸς ταύτῃ, ᾗ καὶ
ἡνωμένον λέγεται· τὸ δὲ μετέχον τοῦ ἑνὸς καὶ ἕν ἐστι καὶ οὐχ
ἕν. τὸ δ’ αὐτοὲν οὐχὶ καὶ ἕν ἐστι καὶ οὐχ ἕν. εἰ γὰρ καὶ τοῦτο
ἕν τε καὶ οὐχ ἕν, καὶ τὸ ἐν αὐτῷ πάλιν ἓν τὸ συναμφότερον ἕξει,
καὶ τοῦτο εἰς ἄπειρον, μηδενὸς ὄντος αὐτοενὸς εἰς ὃ στῆναι
δυνατόν, ἀλλὰ παντὸς ἑνὸς καὶ οὐχ ἑνὸς ὄντος. ἔστιν ἄρα τι τὸ
ἡνωμένον τοῦ ἑνὸς ἕτερον. ταὐτὸν γὰρ ὂν τῷ ἡνωμένῳ, τὸ ἓν
πλῆθος ἄπειρον ἔσται, καὶ ἕκαστον ὡσαύτως ἐκείνων ἐξ ὧν
ἐστι τὸ ἡνωμένον.

投稿者 Masaki : 10:28

2005年04月08日

No.54

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.54 2005/04/02


------クロスオーバー-------------------------
哲学の解放者?

前に「新刊情報」でも取り上げた川添信介『水とワイン−−西欧13世紀におけ
る哲学の諸概念』(京都大学学術出版会)は、13世紀半ば過ぎに教会がアリス
トテレス思想を教えることを禁じた事実を手がかりに、その際に糾弾された「急
進的アリストテレス主義」(アヴェロエス派)や、その一派への対応を示したボ
ナヴェントゥラとトマス・アクィナスの立場を検討して、当時「哲学」というも
のがどのように捉えられていたかを検証するという内容の好著でした。著者が指
摘しているように、哲学が神学とどう区別され、神学に対してどう位置づけられ
ていたのか、というのは歴史的にも重要な問題ですし、思想というものが常に時
代の制約の中でしか展開されないものである以上、それは反照的に、現代のそう
した知的営みをも問い直す契機にもなります。

同書によると、トマス・アクィナスの場合、哲学は神学とは種別の異なる知であ
り、たとえ哲学の個々の議論が誤謬に陥る場合があろうと、哲学という営為の本
質は、ある程度神学をも補佐可能な知的営為である、と受け止められているとい
います。哲学は自律しており、神学の方に入っていくこともできるのだ、という
立場ですね。こういう姿勢はひょっとすると、トマスの師であったアルベルトゥ
ス・マグヌスから受け継いだものかもしれません。そうした哲学と神学の区別と
統合という視点は、実はこの、今ではあまり言及されない知の巨人、アルベル
トゥス・マグヌスに顕著らしいのです。

フランスの中世思想史家エティエンヌ・ジルソンによると、アルベルトゥス・マ
グヌスの第一の功績は、ギリシア世界・アラブ世界の膨大な知的遺産を中世に伝
えたことだったといいます。まったく異質の学知の流入に対して、キリスト教世
界はその解釈と同化を余儀なくされていくのですが、アルベルトゥスはまずそれ
らを「知ること」に努めたのでした。かくしてアルベルトゥスの知的好奇心はま
さに全方位的に展開していき、「全科博士」(doctor universalis)と呼ばれる
までにいたります。そして、神学と哲学の区別を最初に確立したのも、アルベル
トゥスだと言われているのです。

ところがあまりに広範な対象を扱っているためか、アルベルトゥスは後世におい
て、一種錬金術の大家のように評価されてしまうのですね。上のジルソンは、
「ルターやカルヴァン、デカルトを、思想を解放した人々として挙げるのに、ア
ルベルトゥスを中世の蒙昧主義の筆頭とするのは奇妙なことだ」と述べていま
す。実際、今なおアルベルトゥスの全体像は確立されているとは言いがたいよう
で(なにしろ著作は膨大です)、様々な問題が手つかずのまま残っているようで
す。錬金術から離れて、アリストテレス、アヴィセンナ、アヴェロエスなどの紹
介者としての側面も、もっと取り上げられてよい気がしますし、何よりも神学と
哲学の分離という文脈での位置づけには、是非ともより多くの光が当てられてほ
しいものです。まさに再び注目に値する思想家、という気がします。


------中世の古典語探訪「ラテン語編」------
第5回:第2変化名詞

先日、メル・ギブソン監督作品の『パッション』をDVDで観ました。拷問シーン
などのリアリズムは目を覆いたくなるほどですが、磔刑の方法などに新しい研究
成果が盛り込まれているようですし、全体としてはなかなか感動的な作品に仕上
がっていると思います。作中の会話が全編アラム語とラテン語、というのが前評
判でしたね。実際これ、ラテン語のヒアリング練習にうってつけかもしれません
(笑)。ローマ兵たちが喋るののしり言葉なども含め、動きを伴って聞けるのは
貴重で、なかなか「聞き応え」があります。紀元前後の俗ラテン(話し言葉)も
今となっては復元するしかないわけですが、この作品では今でいう教会ラテン
語、いわゆるイタリア式発音に準拠しています(ciは「チ」、giは「ジ」などな
ど)。

さて、今回は名詞の第2変化を復習しておきましょう。例によって変化形は主・
対・属・与・奪の順に示します。第2変化は語尾によって3種類に分かれます
が、どれもそんなに面倒ではありません。

語尾がusの場合(男性名詞):
単数:dominus、dominum、domini、domino、domino
複数:domini、dominos、dominorum、dominis、dominis

語尾がumの場合(中性名詞):
単数:castrum、castrum、castri、castro、castro
複数:castra、castra、castrorum、castris、castris

語尾がerの場合(男性名詞):
単数:puer、puerum、pueri、puero、puero
複数:pueri、pueros、puerorum、pueris、pueris

注意事項が2つあります。(1)呼格は大抵主格と同じ形だったりするのです
が、dominusなどの場合にはdomineとなります。(2)erで終わる名詞に、er
のeが脱落(というか吸収というか)されるものがあります。例:ager(単数:
ager、agrum、agri、agro、agro、複数:agri、agros、agrorum、agris、
agris)。

第1、第2変化名詞を覚えると、形容詞の変化にも応用が利きます。ラテン語で
は形容詞も名詞に引きずられて(便宜的な言い方ですが)格変化してしまいま
す。面倒と思われがちですが、どの形容詞がどの名詞を修飾しているかとてもわ
かりやすくなる利点もあるのですね。例えばbonus。男性名詞に付くときには
bonus dominusになりますし、中性名詞につけばbonum castrum、女性名詞に
つけばbona carta。形容詞はこのように男性形・女性形・中性形でそれぞれ形
が違い、それぞれus型、a型、um型で格変化します。

pulcherの場合はどうなるでしょう? これはer型の変化です。女性形、中性形で
はerのeがすでにして脱落して、pulchra、pulchrumとなります。名詞にくっつ
くと、pulcher dominus、pulchrum castrum、pulchra carta。こうした組合
せがそれぞれ格変化していきます。名詞はus型なのに形容詞はer型で変化してい
く、なんて考えると、形が入り乱れそうで面倒にも思えますが、実はそれほどで
もありません。よく見ると変化の末尾そのものには(us、um、i、o、o)大きな
違いはありません。普通の文法書などではこの第1、第2変化を詳しく取り上げ
ていますが、それには理由があるように思えます。この第1、第2変化に慣れて
しまうと、他の変化形もそれほど恐くなくなるからですね。「慣れれば大丈夫」
という姿勢はやはり大事ですよね。ちなみに、名詞の修飾は前からでも後ろから
でもOKでした。dominus pulcherでもよいわけです。

(このコーナーはGouillet & Parisse, "Apprendre le latin medieval", Picard,
1996-99をベースにしています)


------文献講読シリーズ-----------------------
プロクロス『神学提要』その1

前回予告しましたように、今回からプロクロスの『神学提要』を読み囓っていき
ましょう。プロクロスは5世紀にアテナイで活躍した哲学者ですが、その神秘主
義思想は、西欧においても、中世からルネサンスにかけて大きな影響を及ぼした
とされています。これから見ていく(といってもさわりだけですけれど)『神学
提要』(stoicheo-sis theologike-)は、『プラトンの神学』に並ぶ主要著書で
す。全体で211の提題で構成されていて、大きく分けると112までが前半、残り
が後半となります。前半は新プラトン主義の諸概念が対照法的に扱われ(一と
多、原因と結果、運動と静止などなど)、後半では神、知性、プシケーなどにつ
いての議論が展開します。今回は約半年かけて、冒頭部分を読んでいくことにし
たいと思います。文字コードのせいで原文はメルマガでは示せませんので、毎回
Webページの方に別個に用意し、メルマガには訳出だけを載せることにします。
今回の箇所の原文はこちらを参照してください。
http://mediateurs.main.jp/blog/archives/000442.html

5世紀ごろに限らず、古代末期から中世のギリシア語テキストを読む場合には、
古典語の辞書だけでは不十分だったりしますが、それを補う優れた辞書として、
E.A. Sophoclesの"Greek Lexicon of the Roman and Byzantine Periods"(復
刻版:Georg Olms Verlag, 2003)があります。これは実に網羅的で便利な辞
書ですので、紹介しておきます。

では早速、提要の1と2を見てみましょう。

# # #

(1) 「多」はすべて、おのれの仕方で「一」に関与する
 仮にまったく関与しないとすると、全体は一にならず、「多」が依って立つ複
数のそれぞれも存在せず、「多」がそれぞれ存在するだけとなって無限にいた
り、その無限のそれぞれもまた無限の「多」となってしまう。それはいかなる一
にもまったく関与しない。その全体においても、そうした一を構成するそれぞれ
においても。いかなる場合でも、あらゆるものが無限となる。複数のそれぞれを
任意に取ってみると、一であるか、または一でないかである。一でないならば、
多であるか無であるかしかない。だが、それぞれが無であるならば、それから成
る全体も無になってしまう。多であるならば、無限を想定するがゆえに、それぞ
れは無限の部分を構成することになってしまう。これはありえない。というの
も、無限を想定したからといって、任意の存在が無限となることはなく(無限よ
り大きいものは存在しないのに対し、全体をなすものは部分より大きくなるから
だ)、どの部分からも何も構成されないことになってしまうからだ。以上のこと
から、すべての多は一に関与するのである。

(2)「一」に関与するすべては、一であっても「一」でない。
 一性そのものでないならば(その場合、「一」に関与するのは、「一」とは違
うなんらかの存在である)、関与に応じて一を受けるのであり、一となる過程に
あることになる。もし「一」以外に何もないならば、それは単独で一をなし、
「一」に関与するのではなく、みずからが一性そのものであることになる。それ
以外の何かがあり、それが「一」でないならば、それは「一」に関与しつつもみ
ずからは「一」でないものとして一をなし、ゆえに「一」そのものでなく一つの
存在となる。それは「一」に関与するが、みずから「一」ではない。よってそれ
は「一」ではない。それは存在にともなう一であり、「一」に関与するが、それ
ゆえ、それによって成立した一ではない。一ではあるが「一」ではない。「一」
とは別のなんらかの存在である。それは充足するが、「一」ではない。それを受
け入れるのが「一」なのだ。「一」に関与しつつ一であるすべてのものは、
「一」ではない。

# # #

いきなり話が抽象的ですが、さしあたり括弧で括った「一」は超越的・包括的な
一、あるいは一者としての神、もしくはある種の類概念的なものを指すと考え、
括弧で括っていない一は個数(個別の存在)としての一だ、と考えるとわかりや
すくなります。原文では、これら2種類の一を表記として区別していません(ど
ちらもhenです)ので、これはあくまで解釈ということになります。ちなみに今
回はドイツ語訳の"Elemente der Theoloie"( trad. Ingeborg Zurbrugg,
Gardez! verlag, 2004)を参考に、そのような解釈にしてみました。ちなみに
このドイツ語訳では、括弧付きで示した部分にreine Einheit(純粋な一性)など
の言い方があてがわれています。

今回の部分でもわかるように、プロクロスの『神学提要』でいう神学は、形而上
学の意味であって、通常の教義の集成とは異なります。あくまで形而上学ですの
で、当然ながら論理を駆使した抽象論が展開します。今回の箇所でもわかるよう
に、各提題は、やや込み入った議論ではあっても、とにかく論理的帰結として示
されます。関与と訳したmetecheinは、「与る」「分有する」といった意味で
す。包摂される、としてもよいかもしれません。多数としてあるものは、どれも
超越的「一」の中に包摂される(例えば各個人が「人類」に包摂されるように)
というのが提題1です。個別のものはたとえ単独に存在しても、それが即、超越
的「一」とイコールにはならない(個人一人をもって「人類だ」とは言えないよ
うに)、というのが提題2です。こうしてみると、以上が集合論的な話だという
ことがわかります。

今後しばらくこうした抽象論が続いていきますが、プロクロスが後世に及ぼした
影響などの具体的な話も参照しながら、広い観点から新プラトン主義の系譜を眺
めていきたいと思っています。どうぞお楽しみに。

投稿者 Masaki : 13:53

2005年04月02日

講読用原文1

ΣΤΟΙΧΕΙΩΣΙΣ ΘΕΟΛΟΓΙΚΗ.

(1.)  Πᾶν πλῆθος μετέχει πῃ τοῦ ἑνός.
εἰ γὰρ μηδαμῇ μετέχοι, οὔτε τὸ ὅλον ἓν ἔσται οὔθ’ ἕκαστον τῶν
πολλῶν ἐξ ὧν τὸ πλῆθος, ἀλλ’ ἔσται καὶ ἐκείνων ἕκαστον πλῆθος,
καὶ τοῦτο εἰς ἄπειρον, καὶ τῶν ἀπείρων τούτων ἕκαστον ἔσται
πάλιν πλῆθος ἄπειρον. μηδενὸς γὰρ ἑνὸς μηδαμῇ μετέχον
μήτε καθ’ ὅλον ἑαυτὸ μήτε καθ’ ἕκαστον τῶν ἐν αὐτῷ, πάντῃ
ἄπειρον ἔσται καὶ κατὰ πᾶν. τῶν γὰρ πολλῶν ἕκαστον, ὅπερ
ἂν λάβῃς, ἤτοι ἓν ἔσται ἢ οὐχ ἕν· καὶ εἰ οὐχ ἕν, ἤτοι πολλὰ ἢ
οὐδέν. ἀλλ’ εἰ μὲν ἕκαστον οὐδέν, καὶ τὸ ἐκ τούτων οὐδέν· εἰ δὲ
πολλά, ἐξ ἀπειράκις ἀπείρων ἕκαστον. ταῦτα δὲ ἀδύνατα.
οὔτε γὰρ ἐξ ἀπειράκις ἀπείρων ἐστί τι τῶν ὄντων (τοῦ γὰρ
ἀπείρου πλέον οὐκ ἔστι, τὸ δὲ ἐκ πάντων ἑκάστου πλέον )οὔτε ἐκ
τοῦ μηδενὸς συντίθεσθαί τι δυνατόν. πᾶν ἄρα πλῆθος μετέχει
πῃ τοῦ ἑνός.

(2.)  Πᾶν τὸ μετέχον τοῦ ἑνὸς καὶ ἕν ἐστι καὶ οὐχ ἕν.
   εἰ γὰρ μὴ ἔστιν αὐτοέν (μετέχει γὰρ τοῦ ἑνὸς ἄλλο τι ὂν
παρὰ τὸ ἕν ), πέπονθε τὸ ἓν κατὰ τὴν μέθεξιν καὶ ὑπέμεινεν ἓν
γενέσθαι. εἰ μὲν οὖν μηδέν ἐστι παρὰ τὸ ἕν, μόνον ἐστὶν ἕν·
καὶ οὐ μεθέξει τοῦ ἑνός, ἀλλ’ αὐτοὲν ἔσται. εἰ δ’ ἐστί τι παρ’ (5)
ἐκεῖνο, ὃ μὴ ἔστιν ἕν, [τὸ μετέχον τοῦ ἑνὸς καὶ οὐχ ἕν ἐστι καὶ
ἕν, οὐχ ὅπερ ἓν ἀλλ’ ἓν ὄν, ὡς μετέχον τοῦ ἑνός ]τούτῳ ἄρα οὐχ
ἕν ἐστιν, οὐδ’ ὅπερ ἕν· ἓν δὲ ὂν ἅμα καὶ μετέχον τοῦ ἑνός, καὶ διὰ
τοῦτο οὐχ ἓν καθ’ αὑτὸ ὑπάρχον, ἕν ἐστι καὶ οὐχ ἕν, παρὰ τὸ
ἓν ἄλλο τι ὄν· ᾧ μὲν ἐπλεόνασεν, οὐχ ἕν· ᾧ δὲ πέπονθεν, ἕν. (10)
πᾶν ἄρα τὸ μετέχον τοῦ ἑνὸς καὶ ἕν ἐστι καὶ οὐχ ἕν.

投稿者 Masaki : 07:43