2006年09月26日

No. 88

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.88 2006/09/23

------新刊情報--------------------------------
人文系の出版社が共同で行っている復刊事業「書物復権」が今年10年目を迎え
たそうで、例年以上に充実したラインアップで出してきています。中世関連で
は、カントロヴィッチ『祖国のために死ぬということ』と、マルク・ブロック
『封建社会(1)
(2)』が復刊になります。こうした復刊企画、今後もぜひ長
く続けていってほしいと思います。そのほかの中世関連の新刊は、期せずしてい
ずれも良質な入門書ですね。

『フランスの中世社会−−王と貴族たちの軌跡』
渡辺節夫著、吉川弘文館
ISBN:4642056165、1,785yen

フランス中世の王権論を概説した一冊。12、13世紀の確立期から、14、15世
紀の拡大期にいたるまでを通観しているようです。

『十二世紀ルネサンス』
伊東俊太郎著、講談社学術文庫
ISBN:4061597809、1,050yen

1993年に岩波書店から刊行された『十二世紀ルネサンス−−西欧世界へのアラ
ビア文明の影響』の文庫化です。元の本の副題にあるように、アラブの文化との
関係に力点を置いたところが類書との違いということになるでしょうか。内容は
岩波市民セミナーで行われた講義をまとめたもの。

『恋愛の誕生−−12世紀フランス文学散歩』
水野尚著、京都大学学術出版会
ISBN:4876988153、1,575yen

上の12世紀ルネサンスにも関連しますが、フランスの宮廷恋愛の文学的伝統を
扱った概説書のようです。トルバドゥールの恋愛詩、アベラールとエロイーズ、
マリー・ド・フランスのレー(短詩)、トリスタン伝説にクレチアン・ド・トロ
ワなどなど、押さえておきたいものが満載のようです。


------短期連載シリーズ------------------------
タンピエの禁令とその周辺:アラン・ド・リベラから(その2)

ローマ法王ベネディクト16世の講演での発言が、イスラム世界の大きな反発を
呼んでいます。でも、これは多分に過剰反応の感が強いものです。その当の発言
内容はヴァチカンのサイト(http://www.vatican.va/holy_father/benedict_xvi/
speeches/2006/september/index_en.htm
)に全文が掲載され
ていますが、これは要するに、理性と宗教の断絶の歴史を振り返り、両者の新た
な接近を模索しようという論旨の論考です(うちのサイトのブログ(http://
www.medieviste.org/mediolog/
)でもちょっと触れました)。

この理性と宗教の分断というテーマ、実は前任者ヨハネ=パウロ2世から受け継
いでいるものです(というか、ベネディクト16世ことラッツィンガー元枢機卿
は当時、教義聖省の責任者を務めていた側近の一人だったわけで、当然といえば
当然ですが)。1980年に出された法王の回勅「信仰と理性」はまさにそのテー
マをめぐるもので、これこそが、リベラの著書『理性と信仰』のそもそもの出発
点になっています。その回勅の論旨はというと、理性と宗教との乖離こそが近世
以降の流れとなり、近代以降は理性にとっても不幸な結果を招くにまで至った
が、両者は本来一体であったのであり、それらは再び融合しなくてはならない、
という話なのですね。ベネディクト16世による問題の講演も、それを踏まえて
います。ただ力点の置き方はやや違っていて、今回の講演では、理性と宗教の
「本来の一体性」はヘレニズム化されたユダヤ世界、つまりキリスト教の誕生の
ころの話とされ、そちらに力点が置かれています。一方、ヨハネ=パウロ2世の
回勅では、その分離の出発点が中世にあることが強調されているようです。リベ
ラはそこに批判の眼を向けていきます。

法王のいう(また、デュルケムの社会学などもそう述べているのですが)中世ま
での理性と宗教の一体性というのは、一種の抽象化の産物なのではないか。これ
がリベラの問いかけです。一体性というと聞こえはいいですが、暗黙の前提と
なっているのは、信仰の側から理性を統べる、神学が哲学を包摂する、というこ
とです。哲学の「自立性」を認めないこと。それが如実に現れたのが、1277年
のタンピエの禁令だったわけです。デュルケムの社会学もヨハネ=パウロ2世
も、中世の大学における神学内部の危機によって、やがて合理的認識へといたる
プロセスが発動したと見ています。ですが、神学内部での「理性への不信」と、
神学から「分離した哲学」の台頭というこのプロセスは、実際には同時的でもな
いし時間的に近くもない、とリベラは言います。

法王が、理性へと偏らない(理性と信仰とが分離していない)理想的思想家とし
て挙げるのはトマス・アクィナスです。一方、神学と形而上学との分離でやり玉
に挙げられるのはドゥンス・スコトゥスの主意主義です(ベネディクト16世も
このあたりに言及しています)。ですが、トマスにおいても神学と哲学の分離は
見られるように思われます。リベラもそのあたりの事情、つまり分離の始まりに
ついては、もっと詳細に見る必要があると述べています。かくして、リベラによ
る検証が展開していくという次第です。

12世紀ごろからのギリシア思想、アラブ思想の流入は、教会の学僧たち、知識
人たちを大いに揺さぶったのでした。なにしろそれらは、教会の神学と必ずしも
合致するとは限らないからです。彼らはそれらをどのように受容していったので
しょうか。その一つの好例があります。13世紀にいたって、「他所」からのそ
うした学識が、一人の博識な人物のもとで集成されたのです。それがトマスの師
でもあったアルベルトゥス・マグヌスです。このドミニコ会士は「万物博士」と
も呼ばれ、様々な分野にわたる膨大な著作を残しています。神学と哲学の分離の
実情を、リベラはまず、トマスよりも一世代前のこのアルベルトゥスの立場から
検討し直していきます。先取りして言ってしまうと、それはとりもなおさず、当
時の知的世界の豊かさ、寛容さを浮かび上がらせることになっていくのでした。
(続く)


------文献講読シリーズ-----------------------
グイド・ダレッツォ『ミクロログス』その16

今回は13章の残りと14章です。さっそく見ていきましょう。

# # #
Memineris praeterea, quod sicut usualium cantuum attestatione
perhibetur, autenti vix a suo fine plus una voce descendunt. Ex quibus
autentus tritus rarissime id facere propter subiectam semitonii
imperfectionem videtur. Ascendunt autem ad octavam et nonam vel etiam
decimam. Plagae vero ad quintas remittuntur et intenduntur. Sed intensioni
et sexta auctoritate tribuitur, sicut in autentis nona et decima. Plagae vero
proti, deuteri et triti aliquando in .a.[sqb].c. acutas necessario finiuntur.
Supradictae autem regulae permaxime caventur in antiphonis et
responsoriis, quorum cantus ut psalmis et versibus coaptentur, oportet
communibus regulis fulciantur. Alioquin plures cantus invenies, in quibus
adeo confunditur gravitas et acumen ut non possit adverti cui magis, id est
autento an plagae conferantur. Praeterea et in ignotorum cantuum
inquisitione praedictarum neumarum et subiunctionum appositione
plurimum adiuvamur, cum talium aptitudine soni cuiusque proprietatem
per vim tropicam intuemur. Est autem tropus species cantionis qui et
modus dictus est, et adhuc de eo dicendum est.

 さらに次のことを思い出そう。普通の歌が証すように、正格では終止音より1
度低い音に下がることはほとんどない。正格のうち、トリトゥスにおいてとりわ
け稀だが、それは1音下のセミトヌスが不完全であるためだ。逆に正格では、8
度、9度、さらには10度上昇することもある。変格の場合は5度上下する。ただ
し、上昇については6度も認められている。ちょうど正格において、9度や10度
が認められているのと同様だ。プロトゥス、デウテルス、トリトゥスの変格は、
ときにa、#、cで終止しなくてはならない。
 以上の規則は、アンティフォナやレスポンソリウムでは特に遵守される。それ
らの場合、歌を詩篇や唱句に合わせるため、一般的な規則に従う必要がある。そ
れら以外では、低音と高音が混同されてしまい、どの旋法なのか、正格なのか変
格なのかわからなくなることがある。また、未知の歌を吟味する際にも、上で述
べた旋律と、その新規の歌とを対比してみることはきわめて有益である。それら
の音の一致から、トロープスの効果によってその属性を知ることができるのだ。
トロープスとは歌の種類であり、旋律とも言われる。次はこれについて述べよ
う。

Capitulum XIV
Item de tropis et vi musicae

Horum quidam troporum exercitati ita proprietates et discretas ut ita
dicam, facies extemplo ut audierint, recognoscunt, sicut peritus gentium
coram positis multis habitus eorum intueri potest et dicere: hic Graecus
est, ille Hispanus, hic Latinus est, ille Teutonicus, iste vero Gallus. Atque ita
diversitas troporum diversitati mentium coaptatur ut unus autenti deuteri
fractis saltibus delectetur, alius plagae triti eligat voluptatem, uni tetrardi
autenti garrulitas magis placet, alter eiusdem plagae suavitatem probat; sic
et de reliquis.
Nec mirum si varietate sonorum delectatur auditus, cum varietate
colorum gratuletur visus, varietate odorum foveatur olfactus, mutatisque
saporibus lingua congaudeat. Sic enim per fenestras corporis habilium
rerum suavitas intrat mirabiliter penetralia cordis. Inde est quod sicut
quibusdam saporibus et odoribus vel etiam colorum intuitu salus tam cordis
quam corporis vel minuitur vel augescit. Ita quondam legitur quidam
phreneticus canente Asclepiade medico ab insania revocatus. Et item alius
quidam sonitu citharae in tantam libidinem incitatus, ut cubiculum puellae
quaereret effringere dementatus, moxque citharoedo mutante modum
voluptatis poenitentia ductum recessisse confusum.
Item et David Saul daemonium cithara mitigabat et daemoniacam
feritatem huius artis potenti vi ac suavitate frangebat. Quae tamen vis
solum divinae sapientiae ad plenum patet, nos vero quae in aenigmate ab
inde percepimus. Sed quia de artis virtute vix pauca libavimus, quibus ad
bene modulandum rebus opus sit videamus.

第14章
旋律と音楽の力

 鍛錬を積むことで、そうした旋律の属性、いわば表情の違いを、一度聞くだけ
で認識できるようになる。ちょうど民族に精通した者が、多くの外見の人を前に
して彼らを見分け、「これはギリシア人、これはスペイン人、これはラテン民
族、これはチュートン人(ゲルマン)、これはガロワ人」と言えるように。ま
た、そうしたトロープスの多様性は心理の多様性に対応している。デウテルスの
正格の急な動きを喜ぶ者もいれば、トリトゥスの変格の甘美さを好む者もいる。
テトラルドゥスの正格の快活さを楽しむ者もいれば、その同じ旋法の変格の優雅
さを評価する者もいる。
 様々な音が聴覚を楽しませることは驚くに当たらない。色の多様性は視覚を喜
ばすし、香りの多様性は嗅覚をくすぐる。味の変化は舌を楽しませる。まるで身
体の窓から、甘美さを湛えた事物が奇跡のごとく心に侵入してくるように。かく
して、なんらかの味や香り、あるいは色彩の知覚によって、心の、また身体の健
康が増減するのである。その昔、医者アスクレピアデスの歌は、ある狂人を狂気
から回復させたと言われている。また、別の者は、キタラの音に欲望をかき立て
られ、狂乱のあまり女性の寝室に押し入ろうとしたという。その後、キタラ奏者
が旋律を変えると、その者は欲情を恥じて、混乱したまま退却したという。
 ダビデもまた、悪魔のようなサウルをキタラでなだめ、その悪魔的な蛮行をそ
の芸術の潜在的な力と甘美さで打ち破ったのだった。とはいえ、その力は、ただ
神の叡智のみが十全に知るものであり、ゆえに私たちはおぼろげにしか捉えられ
ない。とはいえ、私たちはわずかながらその技の力について語ってきた。ゆえに
今度は、適切に作曲するには何が必要かを見ていくことにしよう。
# # #

14章は音楽の効用について述べています。なんだかこれ、最近の音楽療法など
を思い起こさせますね。アスクレピアデスは前1世紀に活躍したローマの医者
で、注によるとこの逸話はマルティアヌス・カペラの『フィロロギアとメルクリ
ウスの結婚』からのものですが、カッシオドルスの『音楽教程』やセビリャのイ
シドルスの『語源録』3巻の音楽の項目でも言及されているようです。また、キ
タラの逸話はボエティウスの『音楽教程』1巻の最初にある逸話ですが、ちょっ
と細部が違っていたりします。ダビデの話は第1サムエル記の16章23節にあり
ます。この話もカッシオドルスやイシドルスなど、たびたび引用されているよう
です。また「私たちはおぼろげにしか……」というくだりは、コリント人への第
1の手紙、13章12節のもじりなのですね。その箇所、ラテン語版では
「Videmus nunc per speculum in aenigmate」と記されています。

また、最後のところに「ad bene modulandi」とありますが、実はこれ、アウグ
スティヌスの『音楽について』での音楽の定義なのですね。musica est
scientia bene modulandi(音楽とは美しく造形する学知である)というわけで
す。なるほどグイドのテキストのこの箇所だけでも、実に様々なリファレンスが
重ね合わせられているわけですね。アウグスティヌスの『音楽について』は、師
匠と弟子の対話形式で、新プラトン主義的な音楽受容論、美学論として有名で
す。そこでは、音楽は世界の秩序に重ね合わせられています。音楽の概要を扱う
1巻と、秩序について考察する6巻とを合わせた羅独対訳本がMeinerから出てい
るほか、ネット上でもhttp://www.fh-augsburg.de/~harsch/aug_mu00.html
にテキストがあります。

次回は作曲論について記された15章を見ていきます。


*本マガジンは隔週の発行です。次回は10月07日の予定です。

投稿者 Masaki : 01:07

2006年09月11日

No. 87

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.87 2006/09/09

------短期連載シリーズ------------------------
タンピエの禁令とその周辺(その1)

数回にわたり、中世思想史家アラン・ド・リベラによる大著『理性と信仰−−ア
ルベルトゥス・マグヌスからヨハネ=パウロ2世までの危機の考古学』("Raison
et Foi - Archeologie d'une crise d'Albert le Grand a Jean-Paul II", Seuil,
2003
)をベースに、13世紀のパリに生じた「知的危機」について考えてみるこ
とにします。リベラのこの本は、1980年にヨハネ・パウロ2世が行った理性と
信仰の対話の呼びかけにいたるまで、西欧世界に通底してきた理性と信仰の対立
という問題について、それを事実上初めて社会的に浮上させた1277年のタンピ
エの禁令の周辺を検討しながら、両者の対立構造に鋭く迫った一冊です。なるほ
ど教会制度の中での理性と信仰の二元論的対立は、確かにタンピエの禁令が一つ
のメルクマールをなしているわけですが、リベラはそれを招いた思想圏の先駆者
としてアルベルトゥス・マグヌスを取り上げ、さらには13世紀の思想界に影響
を及ぼしたとされるアヴェロエス思想などを検討していきます。

まず予備的な復習をしておきましょう。そもそもタンピエの禁令というのは何
だったのでしょう?歴史的には、アリストテレス思想が持ち込まれて生じた、教
会の教えとの齟齬について、教会側がその態度を決定したものだ、とされます。
禁令を発することになるエティエンヌ・タンピエは当時のパリの司教で、パリ大
学が盛んに取り上げていたアリストテレス思想の「行き過ぎ」に対して、禁令と
いう形で攻撃を加えたわけですね。1277年の禁令の序文として、タンピエが記
した書状があるのですが、そこで最も明確に糾弾されているのが、いわゆる「二
重真理説」です。「彼らは哲学的には真だが、神学的には真でないなどと、まる
で二つの真理があるがごとく、また聖書の真理に対し、断じられる異教[哲学]に
真理があるかのごとく言うのです」などと書かれています(ダヴィッド・ピシェ
編『1277年のパリの禁令』(Piche, "La Condamnation parisienne de 1277",
J.Vrin, 1999
)。

そればかりではありません。1277年の禁令は219ヵ条にものぼりますが、これ
に先立つ1270年に、タンピエは13ヵ条の禁令を出しています。いわば1277年
のものの先駆をなすその13ヵ条の禁令が断罪するのは、(1)知性単一説、(2)人
間の意思の決定論、(3)世界の永遠性、(4)神の摂理の否定、といった議論に集約
されます(川添信介『水とワイン』、京都大学出版会、2005)。

上の『水とワイン』は、タンピエの禁令前後の状況について詳述した、日本語で
読める数少ない書籍の一つですが、それによると、アリストテレスの著作は
1210年頃には焚書の対象に挙げられていたといいます。とはいえ、その場合の
「読んではならない」というのは、大学の講義に取り上げてはならないというこ
とだったらしいのです。とはいえ、1230〜40年代にもたびたびそうした焚書命
令が出されていることからして、実際にはそれらの著作の研究が神学者たちに
よって進められていたことが窺えます。転機が訪れるのは1250年代で、55年に
はパリ大学の公式カリキュラムにアリストテレスの著書がほぼすべて取り入れら
れました。そして、アヴェロエスによるアリストテレス解釈の洗礼を受けた、い
わゆる急進派(ブラバントのシゲルスなど)が台頭するのが1260年代後半とな
ります。ボナヴェントゥラがそれら急進派を批判する文書を矢継ぎ早に出すのも
このころなのですね。

そうした動きの延長上に、タンピエの禁令が来るわけです。上のピシェの本によ
れば、1277年、教皇ヨハネ21世の命をうけて、タンピエは、ガンのヘンリクス
などを含む16人の神学者から成る「調査団」を作り、文献の調査に乗り出しま
す。理性と信仰との戦いはこうして火ぶたを切って落とされた……ということに
なるのでしょうか。以上が大まかな背景です。これらを踏まえつつ、当時の状況
をめぐるリベラの本の議論に入っていきたいと思います。
(続く)


------文献講読シリーズ-----------------------
グイド・ダレッツォ『ミクロログス』その15

今回は12章と13章の前半を読んでみます。

# # #
Capitulum XII
De divisione quattuor modorum in octo

Interea cum cantus unius modi, utpote proti, ad comparationem finis tum
sint graves et plani, tum acuti et alti, versus et psalmi et siquid ut diximus,
fini aptandum erat uno eodemque modo prolatum, diversis aptari non
poterat. Quod enim subiungebatur si erat grave, cum acutis non
conveniebat; si erat acutum a gravibus discordabat. Consilium itaque fuit
ut quisque modus partiretur in duos, id est acutum et gravem,
distributisque regulis acuta acutis et gravia convenirent gravibus; et
acutus quisque modus diceretur autentus, id est auctoralis et princeps,
gravis autem plaga vocaretur, id est lateralis et minor. Qui enim dicitur
stare ad latus meum minor me est, caeterum si esset maior ego aptius
dicerer stare ad latus eius.
Cum ergo dicatur autentus protus et plagis proti et similiter de reliquis,
qui naturaliter in vocibus erant quattuor in cantibus facti sunt octo. Abusio
autem tradidit latinis dicere pro autento proto et plagis proti primus et
secundus, pro autento deutero et plagis deuteri tertius et quartus, pro
autento trito et plagis triti quintus et sextus, pro autento tetrardo et plagis
tetrardi septimus et octavus.

第13章
4つの旋法の8分割

 一方、一つの旋法、たとえばプロートゥスの歌において終止音を比較すると、
低く平坦な音のこともあれば、鋭く高い音の場合もあるが、先に述べたように、
唱句や詩篇の一節などは、終止音においていずれかの同じ旋法に適合しなくては
ならず、複数の旋法に適合させることはできない。付加される音が低い音である
場合、高い音(の歌)には適合しないからである。高い音である場合、低い音に
対しては不調和になるだろう。こんなわけで、それぞれの旋法を高低で二つに分
割し、高い音は高い旋法に、低い音は低い旋法に適合するよう定められたのであ
る。高い旋法は正格と言う。つまり正しく原理に則っているという意味だ。低い
旋法は変格と言う。つまり副次的で短躯という意味だ。私の傍にあると言われる
ものが私に対して短躯なのであり、他のものが私よりも長躯ならば、むしろ私が
それに対して副次的だと言うほうがよい。
 よって、正格のプロートゥスとか、プロートゥスの変格などと言う場合、音に
おいて自然に4つあるとされた旋法は、歌において8つあることになる。ただ
し、ラテン語において、正格のプロートゥスや変格のプロートゥスに対して第
一、第二旋法と言ったり、正格のデウテルスと変格のデウテルスに対して第三、
第四旋法、正格のトリトゥスと変格のトリトゥスに対して第五、第六旋法、正格
のテトラルドゥスと変格のテトラルドゥスに対して第七、第八旋法と称するのは
誤用である。


Capitulum XIII
De octo modorum agnitione acumine et gravitate

Igitur octo sunt modi, ut octo partes orationis et octo formae
beatitudinis, per quos omnis cantilena discurrens octo dissimilibus
qualitatibus variatur. Ad quos in cantibus discernendos etiam quaedam
neumae inventae sunt, ex quarum aptitudine ita modum cantionis
agnoscimus sicut saepe ex aptitudine corporis quae cuius sit tunica,
reperimus, ut

[CSM4:151; text: C, D, E, F, G, a, [sqb], Primum quaerite regnum Dei]

Mox enim ut cum fine alicuius antiphonae hanc neumam bene viderimus
convenire, quod autenti proti sit non opus est dubitare; sic et de reliquis. Ad
hoc etiam plurimum valent et versus nocturnalium responsoriorum et
psalmi officiorum et omnia quae in modorum formulis praescribuntur, quas
qui non novit, mirum est si quam partem horum quae dicuntur, intelligit. Ibi
enim praevidetur quibus in vocibus singulorum modorum cantus rarius
saepiusve incipiant et in quibus minime id fiat, ut in plagis quidem minime
licet vel principia vel fines distinctionum ad quintas intendere, cum ad
quartas perraro soleat evenire. In autentis vero, praeter deuterum, eadem
principia et fines distinctionum minime licet ad sextas intendere; plagae
autem proti vel triti ad tertias intendunt, et plagae siquidem deuteri vel
tetrardi ad quartas intendunt.

第13章
高低による8つの旋法の識別

 このように旋法は8つとなる。ちょうど文が8つの部分に分かれ、至福の形式
が8つあるように。それら旋法によって、あらゆる歌は8つの異なる性質のいず
れかに分かれるのである。それらを歌において見分けるため、いくつかの旋律が
考案されてきた。それらと一致すれば、歌の旋法が認識できるのである。ちょう
ど身体の合うかどうかで、どれがその人のチュニカかわかるように。次の例をみ
よう。

(図)(http://www.medieviste.org/blog/archives/guido05.html)

 アンティフォナの末尾とこの旋律が見事に一致することがわかった場合、それ
がプロトゥスの正格であることはほぼ間違いない。ほかについても同様である。
夜課のレスポンソリウムの唱句やミサでの詩篇など、旋法の様式で規定されたす
べての歌では、この方法が最も有効だ。それを知らない者が、ここで言われてい
るいずれかのことを理解できたら、それは奇跡である。というのも、そうした方
法があればこそ、多少とも単一の旋法の歌がどの音で始まっているか、どの音で
始まることはないかが予め分かるからだ。たとえば変格において、フレーズの最
初や最後で5度上昇することはまずできない。ただし、ごくまれに4度上昇する
ことはある。逆に正格の場合、デウテルスの場合をのぞき、フレーズの最初や最
後で6度上昇することはまずない。一方、プロトゥスやトリトゥスの変格では3
度上昇したりする。デウテルスやテタルドゥスの変格では4度上昇したりする。
# # #

図は例によって伊語訳本からのものです。

教会旋法の話が続いています。前に出てきた基本的な4つの旋法が、ここでは8
つに「拡張」されています。4つの旋法は、ドリア、フリギア、リディア、ミク
ソリディアのそれぞれのことでした(グイドはそういう名称は使っていません
が)。これらが正格といわれるもので、それに対してヒポドリア、ヒポフリギ
ア、ヒポリディア、ヒポミクソリディアが変格と称されます。ヒポとはつまり、
ギリシア語で「下の」を表す「ヒュポ」のことで、支配音(ドミナント:終止音
の5度上)が正格に対して3度下になるのでした。

先日、ちょっと機会があって、音楽学の研究者の方に教会旋法の成立について尋
ねてみたのですが、グレゴリオ聖歌の成立が不明であるのと同様に、教会旋法の
成立も謎のままなのだそうです。文献的なものが残っていない、ということのよ
うですね。うーん、悩ましいところです。ちなみに、教会旋法はこの8つのほか
に、16世紀になってエオリア旋法、イオニア旋法のそれぞれ正格・変格が認め
られ、12に拡大したのでした。

さて、13章では、「文が8つに分かれる」「至福の形式が8つある」といった箇
所がありますが、伊訳本の解説では、前者はつまり品詞に分解されるということ
で、8つとは名詞、代名詞、動詞、副詞、形容詞、接続詞、前置詞、間投詞とな
ります。後者のほうは、「山上の垂訓」のことを指しているということです(マ
タイによる福音書、5章3節から11節)。仏訳本の注では、グイドはこの8とい
う数に象徴的な意味を込めているとしています。前者(8つの品詞)の出典はも
ともとアリストテレスの『詩学』(20章)なのですね。

8という数は、たとえばマクロビウス(5世紀)では、幾何学において8つの点が
あれば立方体が作れるという意味で完全であり、天空の調和を形作る数でもある
とされます。生み出されたものではない一者の1と、創造が完結した7の数字を
足したものでもあるし、元素数の4を倍にしたものでもあるし、最初の奇数(1
は別格なのですね)である3と、存在するものの包摂数とされる5を足したもの
でもあるし……などなど、ピュタゴラス派の秘数論において8というのは重要な
数字をなしています。天空の調和という意味では、コンシュのギヨーム(12世
紀)の新プラトン主義的解釈が思い起こされます。そこでは天球は8つの層から
成り立っているとされているのでした(月、太陽、水星、金星、火星、木星、土
星、そしてその先の星々がある蒼穹です)。前にも出てきた話ですが、調和のシ
ンボリズムにおいて、音楽と星辰が連関していることは、改めて確認しておきた
いところです。

次回は13章の後半と14章を見ていきたいと思います。


*本マガジンは隔週の発行です。次回は9月23日の予定です。

投稿者 Masaki : 10:24