14世紀、15世紀ごろのフランシスコ会の教育活動に関する論考を読む。エヴァ。シュロットホイバー「修道院図書館と教育に関する後期中世フランシスコ会による修道会規則」というもの(Eva Schlotheuber, Late Medieval Franciscan Statutes on Convent Libraries and Education, Canterbury Studies in Franciscan History, eds. von Michael Robson and Jens Röhrkasten, 2008)。15世紀ごろ、同会は新規の修道僧のリクルートに苦慮していたといい、それまでの高等教育の重視に加え、とりわけ初等教育を充実させることで、子供たちの入会を促していたという。そもそもそういう目論見のため、同会は14世紀以降、教育制度の充実、図書館の整備などを精力的に進めていた……。というわけで同論考は、とくに図書館の充実という側面を大きく取り上げ、フランシスコ会の教育について再検討している。略史的に押さえておくと、フランシスコ会の場合、清貧思想のために当初こそ書物の集積に適した方途がなく、むしろ必要な書物を修道士本人に預からせる(付与する)ことが是とされていた。書物は修道会全体に属するものと見なされていたが、徐々に書物のコレクションをシェアするようになっていく。13世紀後半ごろからの修道院内の教育制度の確立にともない、各修道院はみずからが課した制限のもとで蔵書を蓄えるようになっていった。
で、14世紀、ベネディクト12世の教皇令(1336年)が修道院図書館の組織化を求めたことなどもあって、修道院の蔵書は大きく膨らむことになる。とはいえ状況は修道院ごとに異なり、蔵書の規模や中身は学校が併設されていたかどうかなどに大きく左右された。いずれにしても、こうしてフランシスコ会も、古くからのほかの修道院やドミニコ会などと同じように、図書館の充実に邁進することになる。同論考は、図書館はもとより、それ以外の書物の置き場(合唱隊の譜面台や聖具室、集会室、回廊、食事室など)についても、どんな本が置かれていたかなどを実例をもとに考察している。書物の個人的な備えも14世紀以降も続いていたといい、個人の寄贈の例からどういった書物を修道士個人が所有していたかがわかるという。15世紀初頭のミュンヘンのフランシスコ会修道院にいた二人の兄弟修道士が残した遺言がその代表例で、ボナヴェントゥラの著書とか、天文学、数学、自然学などの書物、あるいはフラウィウス・ヨセフスの書などが入っているのが興味深い。さらに論考は、ゲッティンゲンの修道院の例などから図書館そのものの蔵書リストも取り上げている(1533年の建物解体時に同図書館のコレクションは500冊ほどだったといい、3分の1がインキュナブラだった)。配置方法や分類などについてもまとめられている。興味深いところとしては、16世紀ごろの動向として、人文主義の著者たちの書物が寄贈されていたという話や、スイスのフリブールの修道院などでは、制約はあったものの図書館の部分的一般公開も行われていたといった話が紹介されている。概して当時のフランシスコ会は、世間的にその教育面での高い評価を得ていたのだという。
参考文献(ちょっと高いなあ):