前回挙げた『カルダーノの科学思想』(La Pensée Scientifique De Cardan (L’ane D’or))から、数学を扱ったもう一本の論考もメモっておこう。ミリアム・パパン「カルダーノとジャック・ペルティエ・デュ・マンの数学的出会い:フランス人数学者へのカルダーノの影響」というもの。同時代(16世紀)の数学者でもあり詩人でもあったジャック・ペルティエ(デュ・マン)は、milliardというときの-illiardの表記を考案した人物といわれ(真偽は不明だが)、一方で正書法改革などにも携わっていたという異色の人物。数学の教科書も『算術』(1549年)、『代数学』(1554年)、エウクレイデス『原論』の注解書(1557年)などを著しているという。で、この人物はそのいずれにおいても、カルダーノを引き合いに出しているという。最初の『算術』においてすでに何度かカルダーノに言及し、『代数学』に至ると、カルダーノの著書を多く元ネタとして用いるなど、カルダーノのプレゼンスを強く感じさせる書になっているのだとか。また『原論』の注解書には、ペルティエからカルダーノに宛てた書簡も挿入されているのだそうで、その記述からすると、1552年には実際に会ってもいるという。
この論考では、その書簡で扱われている2つの偽推理について取り上げている。カルダーノが提起した偽推理で、ペルティエがそれに取り組んでみせたということらしい。とくに2つめの「円に内接する円の接点での角度は、直線が作る角度よりも大きくなることはない」という命題が長々と検証されているのだけれど、これは要するに接点に向かう二つの弧の間は漸進的に狭まっていくので、その弧同士が作る角度(それを角度というならばだが)は、直線同士でできる角度よりもつねに小さいのだという話。けれどもそうすると、直線同士でできる角度は分割によりどこまでも小さくできるという別の前提と矛盾してしまう。ゆえにこれは偽推理ということになるようなのだが、カルダーノはこれについて特定の解決を示していないらしい。一方のペルティエは、円と内接円が接点で作る接触角は量をなしていない、と喝破しているのだという。接する弧同士が作る「角度」は通常言われるべき角度ではないという議論によって、この偽数理を解消しているというわけだ。ペルティエは『原論』の註解で、古来からの「角度」の定義に、平面角とは二本の直線が切り出す面を言うという定義を加え、角度の問題から接触角を排除しているという。接触角をめぐる長い議論の端緒をなす議論がこうして登場したというわけなのだけれど、それはペルティエが答えることになったとはいえ、カルダーノによる提起があればこそだった、という話。