「あいだ」への着目、再び
ときおり、なじみの薄い分野の本も読んでみたくなります。というわけで、今回は『相分離生物学の冒険——分子の「あいだ」に生命は宿る』(白木賢太朗、みずず書房、2023)を読んでみました。一般向けの本なのでしょうけれど、用語とか概念とか難しいです。でも、全体を貫く考え方には共鳴できるところがあります。
相分離生物学とは聞き慣れない名称ですが、分子そのものではなく、分子相互の作用、いわば分子同士の「あいだ」に着目するというとても新しい、最前線の生命化学のようです。これの概要を紹介しようというのが、同書の趣旨なのでしょう。
で、面白いのは、最初のほうにある次のような指摘です。分子相互の関係というものは、極端に安定した状態にならずに、一時的な準安定の状態で推移したときにこそ、定常的な構造が現れるのだ、というのですね。安定した状態というのは、いわばゆで卵の状態です。で、生きた状態の卵は、あくまで準安定のまま推移するものだ、というわけなのです。著者は、古い卵のほうがプルとしたゆで卵になるのは、炭酸ガスが抜けてpHが上がるからだ、なんて読者サービス的な解説も加えています(笑)。相分離生物学的に考案した、ふわっとした卵がけご飯のレシピも紹介されています。
話は徐々にハードでコアな分子生物学の話になっていきます。実験と発想の転換とが繰り返されながら、学問的に深化していく様は、難しいですけれどスリリングでもあります。科学史的な読み物としても、とても興味深いものになっています。