前回取り上げた『現代思想』誌のシェリング特集の増刊号、引き続き読んでいます。
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やはり個人的には、フランス系の哲学・思想とのつながりがとても気になるところ。ここまで読んだうちでは、ユク・ホイ「個体化の視差:シモンドンとシェリング」、小倉拓也「マルディネのシェリング主義」などがとりわけ印象でした。というわけでメモ。
まずは技術的対象物などの個体化論から出発したシモンドン。そのシモンドンがシェリングのある意味での継承者だとは思いませんでした。自然哲学を論じていた前期のシェリングでは、有機体の個体化ということが言われていて、これ、対立する二つの力の緊張関係が、第三のものによって「力動的に包含」される(緊張が維持されたまま統合される?)という図式なのだといいますが、シモンドンにおいては、そうした緊張関係は、准安定的ななにかが生み出されることによって、緊張そのものが解決する、というふうに読める、ということなのですね。ユク・ホイは、シモンドンのモデルも、シェリングのモデルも、「二元論に抵抗する一方で、同時に完全な説明のためにどんな窮余の一策や還元主義にも頼るまいとする」と述べています。ということは、二元論に一元論的に立ち向かうというわけではないのかもしれません。
さらに芸術系の現象学を展開したマルディネ関連。マルディネのシェリング主義が、ドゥルーズとシェリングのミッシング・リンクをなしているかもしれない、と指摘されています。マルディネの言う「かたち」は、「志向-表象に先立ってそれ自体が「現れる」という動詞的に理解される現出的契機に」見出されるものだといいます。この現出をめぐる考え方が、「二元論に対して絶対的同一性を根源とする同一哲学の立場に親和的」だというのです。マルディネもまた、シェリングの申し子だということでしょうか。
悪の問題から、神の実在とその根底という二元論的なものを引き出し、実存と根底に先立つ絶対的な同一性として「無底」を定立しようというシェリング。それを継承するかのように、マルディネはクレーやセザンヌの絵画論に、実存・根底・無底を導き入れるということのようです。この論もまた、シェリングの理性の体系の構築を単純に挫折と見るのではなく、理性の外部性へと開かれる(継承者たちによる?)別様の解釈として捉えなおそうということなのですね。なかなか興味深い読み方・論点です。