本読みの時間があまり取れなかったが、今週の一冊はなんと言ってもこれ。岡瑞紀・池上高志・ドミニク・チェン・青木竜太・丸山典宏『作って動かすALife ―実装を通した人工生命モデル理論入門』(オライリー、2018)。AI人気の昨今ではあるけれど、こちらはさらに踏み込んだアーティフィシャルライフ(ALife)についての概説書。生命現象の様々な側面をシミュレーションするという研究領域の入門という感じ。プログラミング本ではあるけれど、打ち込んで学ぶというよりも、公開されているソースコードをローカルで実際に動かして、ALの主要な研究領域の入り口をざっと見る一冊か。たとえて言うならプログラミング絵本というところ。pythonの実行環境が必要だが、それさえ問題なければかなり刺激的なプログラムが並んでいる。当然いろいろな応用も考えられそうで、そうしたことを夢想するだけでも楽しい。
と同時に、ここには、生命現象のシミュレーションのどうしようもなく(というか絶対的に)パーシャルな性質というものを改めて突きつけられている気がする。析出され再構成される部分的な動作は、当然ながら部分的なものでしかないわけだが、それが別の部分とどうつながっていくのかといった経路は見えない。そのつなぐ部分というのが、もしかしたら現在ないしそれ以降の検討課題になっているのかもしれない……。そんなことに思いを巡らせてみるのも一興かもしれない。



そんな中、no.153のほうに、とくに眼を惹く論考があった。モニカ・ガリアノ「植物のように考えるーー行動学的生態学および植物の認識的性質に関するパースペクティブ」という論考。これはこの特集において突出して興味深いものになっている。植物学の世界でこの20年ほど進んでいる研究に言及しながら、植物にとっての「認識」がどのようでありうるのかを示唆する内容だ。それによると、最近の研究で明らかになっているらしいのは、植物にも同種を見分ける認識能力、あるいはなんらかのシグナルを発する能力が存在するらしいということ。そこでの認識能力は、もちろん動物のような神経系によるものではなく、環境とのインタラクションにもとづくもので、詳しいメカニズムはまだ解明されていないとされるが、すでにして、人間心理をモデルとしてきたこれまでの動物行動学的な視座を問い直す契機になるのではないかという。