はじめてのルター(笑)

ルターの知的遺産夏読書はあまり普段読まないものが読みたい。かといって、関心領域から離れすぎるのもナンだ……(笑)。ということで、金子晴勇『ルターの知的遺産』(知泉書館、2013)という小著を覗いているところ。ルターもまた、あまりにも著名な人物であるものの、個人的にはその著作にじかに触れたことがない。そんなわけで、大いに期待して読み始めた。で、これはもとが連載か何かなのだろうか、各章とも四ページ構成で、短文ないし断章・パッセージを取り上げ、それにまつわるルターの思想的な面について解説していくという趣向。引かれているそれらのパッセージはルターの様々な著書から取られているようで、その意味では広くその知的営為を味わうことができる。解説も時代背景や神学的背景などに踏み込んでいき、なかなか面白い。なによりも、どの章からでも入っていけるところも魅力ではある。けれどもやや全体に広がりすぎているきらいもあり、ルターの全体像はあまり見えてこない印象も受ける。一方で、個別的にもっと長い論考を読みたいと思わせる部分も多々あり、最初の手引き書としては有益かもしれない。たとえば14章に紹介されているオッカム主義者ガブリエル・ビールの義認論。義認のための準備について、トマス・アクィナスはそれが神の恩恵と人間の自由意志との協働によってなされると説いたのに対し、オッカムやビールはそれをすっかり自由意志の功績に帰すという議論を展開しているのだとか(同書の著者はこれを「セミ・ペラギウス主義」と称している、なるほど)。ルターはというと、そうしたオッカム主義に対立し、そうしたペラギウス主義的な誤謬を批判してみせるのだという。ルターは意志が「本性上自由であること」を認めつつも、それには制限があり「救済論的に実質を欠いている」(以上、p.58)として、自由意志の拡大解釈・越権的使用を批判してみせたのだという。