中世の読書・読者論も当然ながら興味深い。というわけで、本日はこの一本。ドナテラ・ネッビアイ=ダラ・グアルダ「書物、遺産、職業:イタリア人医師の蔵書(14・15世紀)」(Donatella Nebbiai-Dalla Guarda, Livres, patrimoines, profession : les bibliothèques de quelques médecins en Italie (XIVe-XVe siècles), Actes des congrès de la Société des historiens médiévistes de l’enseignement supérieur public, Vol.27, 1996)。タイトル通り、14世紀と15世紀のイタリア各地の医者42人の蔵書を、遺書や売買・寄贈などのための財産目録などをもとに分析するという内容。医者だから当然医学関係の蔵書が大きな比重を占めているわけだけれど(アヴィセンナとかガレノスとかの蔵書が、13世紀末ごろの例として挙げられている)、それ以外の書物も各人が若干ながら所有しているようで、そのあたりがなかなか興味深そうだ。記録はなかなか正確とはいかないようだけれど、それでも蔵書数は2、30冊から100冊以上まで様々。羊皮紙だけでなく紙の本もとくに15世紀には増えているという。一方で印刷本は評判が悪かったらしい。蔵書の管理は本棚のほか、箱に入れて保管されていたりもする。
医学書以外は哲学書が目立ち、後の時代に行くにつれて増えていく傾向にあるという。ここでの哲学書では自然哲学が多く、さらに論理学や、倫理学の書ということでセネカやキケロも入っている。当時の医師たちはほぼすべて大学出なわけだけれど、その大学の教科で使われていたテキストが多く所蔵されているようだ。14世紀と15世紀では多少とも傾向の変化も見られ、数学書が増えていたり、詩のほかに歴史書が広まっていたり、占星術人気に加えて錬金術書や予言書その他が増えていたりするらしい。宗教書も15世紀になると増えていて、聖書の注解書のほか、『命題集』などの注解書も見受けられるという。総じて大学教育の影響は大きいようで、北イタリア、とくにパドヴァの事例などでは、14世紀末以降、アヴェロエス主義・アリストテレス主義に彩られた大学教育の影響が顕著な蔵書内容なのだとか。一方でトスカナなどの中央イタリアでは、経済的に恵まれた層の医者が多く、文化の流通の担い手でもあった商人らとの付き合いもあった、とも。このあたり、もっと詳しく知りたいところだけれど、残念ながらこの論考ではそれ以上のことには触れていない。