「オピキヌスの身体=世界論」その3:コスモロジー(占星術)

opicinus_3ちょっと間が空いたけれど、引き続きウィッティントンの論文『オピキヌス・デ・カニストリスのボディ=ワールド』から第三章。ここではいよいよ論文著者自身の主要な解釈が展開する。それまでの二つの章では主にヴァティカヌス写本の挿絵を取り上げていたのに対して、ここからはパラティヌス写本のものが取り上げられる。そちらは、地図と人体の重ね合わせがいっそう多彩な性格を帯びてくるのだという。それと並行して、図に描かれる「身体=世界」も、より広範なコスモロジー、あるいは神学的な構造の中心に置かれるようになるのだという(p.71)。より具体的には、たとえば教会が擬人化されたり、占星術にもとづくミクロコスモス的な人体表象が、地理的・空間的な要素へと拡張されていったりする。さらには占星術の「宮」なども描き込まれる等々……。占星術の表象体系が、地上世界の表象と神的世界の表象とを繫ぐツール(ポルトラーノ図やアレゴリーのように)として浮上し(p.72)、かくしてオピキヌスの図はより多くのレイヤーが重ね合わせられ、いっそう複合化・複雑化していく。論文著者によると、オピキヌスは地上世界の形象が神の形象や知識を反映しうると考え、地上世界と精神世界とが本当に分離しているとは思っていなかったという(p.74)。異質な表象が結びつけられることにもさしたる抵抗はない。むしろこの章の後半で論じられるように、オピキヌスは積極的に様々な重ね合わせを実験していく(p.94)。

占星術ということでオピキヌスの(ありえた)参照元とされているのは、一つには同時代のアーバノのピエトロだ。ピエトロの占星術観は当時の主流なものからそう離れてはいないというが(自由意志よりも占星術的な決定論に比重を置いている)、論文著者が興味深いとする点に、天文学と占星術をまったく同一視している(アヴェロエスなどとは逆に)ことが挙げられている。その点などが、領域の混淆を模索するオピキヌスに通じるものがあるというわけだ。また、地理的な表象への占星術の拡張は、プトレマイオスの『テトラビブロス』(各星座のグループが異なる地理的区域に及ぼす影響について触れている)にもともとの着想源があるとされ、それを伝えたアブー・マーシャルやアーバノのピエトロも、地理的な位置に応じて身体への星の影響が変わることを記しているといい、これがオピキヌスの図と類比的だという(p.78)。もちろん、このあたりの関係性は推測でしかないのだけれど……。オピキヌス自身は、占星術の有効性について問うたりはしていないものの、それが非精神的事象について用いられることには疑問を呈し、占いなどには反対していたという(p.85)。彼がどれほどの占星術的トレーニングを受けていたのかは不明とのことだが(同)、たとえばジェノヴァとマジョルカについて、それぞれ水瓶座と双子座との関連性について記したテキストがあるのだとか(p.95)。

論文著者はまた、オピキヌスが用いるいわゆる「コズミックな」表象について、伝統的な系譜をざっと振り返っている。ベーダの『時間について』にもとづいてラムゼーのバートファースが描いた宇宙図、7世紀から12世紀ごろの風配図、ビンゲンのヒルデガルトによる宇宙図、さらには中世の世界図(mappamundi)の数々、サン=ヴィクトルのフーゴーによる失われた図(『ノアの方舟について』に概要が記されている)、いわゆるコンプトゥス写本(computus:イースターの日にちを計算するために用いられる実用書)などなど、数々のコズミックな表象が言及されている。章全体の中ではちょっとした迂回路的な部分で、記述も飛ばし気味だけれど、このあたりは研究テーマとしてのなまめかしさ(?)を漂わせていて、とても気になるところではある(笑)。