ベイズ推定をめぐる歴史

パズルゲームの「数独」では、上級問題になってくると、ある数が2つのマスに入る可能性があってほかの手がかりがなく、論理的推論だけでは判断できないような場面が出てきたりする。そんなときの対処法は、やはりトライ&エラーに限る。とりあえず入れてみて、ほかのマスがうまく埋まるかどうかを見てみる、というやり方。うまくはまれば、それでほかのマスが一挙に埋まったりする。当てずっぽう、あるいは決め打ちという感じではあるけれど(苦笑)、作業効率は悪くない。で、こうしたやり方は案外広く用いられている印象もある。機械学習・深層学習の教科書などでよく眼にする「ベイズ推定」「ベイズ定理」なども、ごく基本的なところの発想はそういうトライ&エラーにあるらしい。

文庫 異端の統計学 ベイズ (草思社文庫 マ 3-1)なんでこんな話をしているかというと、次の本を読んでいるところだから。シャロン・バーチュ・マグレイン『異端の統計学 ベイズ (草思社文庫 マ 3-1)』(冨永星訳、草思社、2018)。まだ冒頭150ページ弱の第一部を見ただけだけれど、これがなかなか面白くて引き込まれる。トーマス・ベイズが1740年代に発見し、その後ラプラスが精緻化したというこのトライ&エラー型の確率論(「事後確率は事前確率と尤度の積に比例する」という定理)の盛衰を、時代に沿って順に詳述していくというもので、ノンフィクションの群像劇的な面白さを味わうことができる。盛衰というが、第一部に関しては、その悲劇的ともいえる毀損の数々が描かれていく。主要登場人物で著名な数学者だったラプラスの存在にもかかわらず、ベイズ推定はおもにその主観的な推測と、初期設定となる等確率の無根拠さによって散々な攻撃に曝され、文字通り粉砕されてしまう。けれどもその理論の発想は、一部の人々、とくに他領域の研究者らによって徴用・温存されて、やがて日の目を見ていくことになる……と、なかなか情感に訴えるストーリー展開が待っていることは予想がつくが、いずれにしてもこれは実に骨太のサイエンスライティング。