帝政ローマ期の自然学

Plutarque, Oeuvres Morales: Tome XIII, 1ere Partie: Traite 59プルタルコスの『モラリア』から、第59論文の「自然現象の諸原因」を見てみた。底本はレ・ベル・レットル版『モラリア』の第13巻(Plutarque, Oeuvres morales: Tome XIII, 1ère partie: Traité 59, M. Meeusen, F. Pontani, Les Belles Lettres, 2018)。40項目ほどの、今でいうQ&A本だ。そこで取り上げられている自然現象の諸問題だけを見ても、当時の自然観がどんなだったか、当時の人々の関心がどこにあったかが浮かび上がってくる。扱われているトピックはどれも狩猟・漁・農耕生活に密着しているようなものばかり。問題への答えも、必ずしも明確ではなく、いくつかの仮説が平行して述べられていたりする。それぞれの話の出典とかも気にはなるが、まずは収録された話自体を楽しみたい。

たとえば、木々や種は流水よりも雨水によるほうが生育がよいとされ(問題2)、雨水が滋養を含んでいるとして重宝されていたことがわかる。雨水のうちでも、雷鳴や雷光を伴うもののほうが種の生育によいとされていたりもする(問題4)。雷は温かい空気と冷たい空気の衝突で生じるとされていて、仮説として、その際の熱が液体を熱するがゆえに木々の生育に有益になるのではないか、と述べられている(仮説は疑問符付きになっている)。

河川での船の運航が冬に遅くなるという話(問題7)では、冬は寒さのせいで水の密度が増し重くなる、という説明が示されている。冬は海水の苦さ(しょっぱさ?)が和らぐともある(問題9)。船酔いは河川よりも海でのほうが頻度が高いとも(問題11)。釣り糸の製造には牝馬よりも牡馬の毛のほうがよい、なんていう話も見られる(問題17)。ヤリイカが現れると嵐の前兆なのだとか(問題18)。

前半はこのようにおもに水(雨、海、水産)に関する話が集められているが、後半になると陸生の動植物の話がまとめられている。狩猟において満月の時期には動物の跡を追うのが難しいとか(問題24)、ブドウの木に葡萄酒をかけると木の乾燥が進んでしまう(問題31)とか。上の問題2に関連するかのように、問題33では、井戸水よりも雨水のほうが動植物の生育によいのはなぜかと問うていたりもする(いくつかの仮説が示される)。

末尾の問題41では、嫌な臭いのする植物(ニンニクや玉ねぎ)が近くに植えられていると、バラは香りがよくなる、という話が出ている。同様にイチジクの近くにヘンルーダがあると、ヘンルーダの強い臭いはますます強くなり、また栽培中のイチジクも、周りに野生のイチジクがあると臭いがそちらに流れ、栽培したイチジクの実はいっそう甘美になる、と。きつい香り成分がよりきつい香りのもとへと集まっていき、残りの部分はまろやかになるという理屈が示されているが、いずれにしてもいにしえの人々(ここでは帝政ローマ期か)もまた、香りのコントロールを十分に意識していたことが伺える。