躊躇を重ねるしなやかな知性
読みたかったのに、なぜか巡り合わせが悪くて未読・積ん読になっている本というのが、たまにあります。今回のもそうした一冊。橋本一径『指紋論』(青土社、2010)に、ようやく目を通すことができました。
19世紀末から20世紀初めにかけて、西欧の警察が捜査目的で取り入れた人体測定、指紋の照合、足跡の参照などの近代的な方法論。同書はそれらがいずれも画期的と評価されながら、徐々に問題含みであることが明らかになっていく様を追っていくのですが、結局はそうした客観的なデータが、主観的な身元確認に貢献しているという、どこかねじれた感じの近代性を暴くことにもなります。これ、歴史的事象を丁寧に扱い、ときには躊躇や逡巡をも繰り返していくという、知的なしなやかさが導く到達点なのでしょう。拙速に決めつける本が多い昨今、一概に決めつけないという一貫した姿勢が、ある意味とても刺激的だという気がします。