生命現象とコミュニケーション理論と
今年の初めごろに岩波文庫に入った、グレゴリー・ベイトソン『精神と自然』(佐藤良明訳、2022)を、kindle版で読んでみました。ダブルバインド理論で知られるベイトソンですが、この本は一般向きに軽妙な筆致で書かれていて、とても読みやすいものです。
もちろん、認識論、進化、発生などの生命現象を、コミュニケーション理論などにもとづいたいくつかの概念でもって、串刺し的・横断的に絡め取ろうというものなので、それなりに難解ではあります(著者が用いる概念や用語の説明が衒学趣味的なので、少々面食らう部分がありますね)。とはいうものの、示された議論はとてもスリリングで、知的興奮をいざないます。
生物学や社会人類学を経てきた著者の、時代に先駆けた学際性が光ります。
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稀代のストーリーテラー!
これまたKindle unlimitedですが、ゾラの短編集を読んでみました。え、ゾラに短編が?そうなんです。長編ばかりが有名なゾラですが、実は中短編も結構あるらしいのですね。そのうちの5編を邦訳した『オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家』(国分俊宏訳、光文社古典新訳文庫、2015)は、副題にゾラ傑作短編集とあるように、どれも実に面白いんです!手頃な文庫での短編集はほぼこれのみとのこと。
何が面白いかといえば、要はストーリーテラーとしての見事さです。複雑で屈折した登場人物、何かが起こりそうなサスペンス、そして考え抜かれたカタルシス。どの作品をとってもそういう部分が見事に組み合わされて、ぐいぐい引っ張っていきます。これは見事。
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個人的な注目作は、表題作の1つ『呪われた家』。買い手のつかない荒れた屋敷で何があったのかが、三通りの話で語られます。もちろん、最後の話でもってそれ以前の話をひっくり返すというカタルシスが、ゾラ的には順当な読みではあるのでしょうけれど、これら三通りの話は、並列的に、どれが真実なのかわからないという感じでも読めてしまいます。するとここに、ゾラ的なストーリーテリングの妙味の謎が隠されているのでは、なんて気もしてきますね(妄想ですが(苦笑))。訳者の解説によると、この作品だけ、ドレフュス事件後の亡命先ロンドンで書かれたものとのことです。
うん、ゾラの短編、ほかも探してみようかと思います。
メタ志向の萌芽
これまたKindle Unlimitedの対象作品から、ルイージ・ピランデッロ『月を見つけたチャウラ』(関口英子訳、光文社古典新訳文庫、2012)を読んでみました。ピランデッロはシチリア出身の20世紀初頭の劇作家で、戯曲『登場人物を探す六人の登場人物』が知られていますが、短編もなかなかの名手だったのですね。
その戯曲も未読ですし、残念ながら上演を観たこともありませんが、この文庫に収録されているなかにも、登場人物が作家に文句を言う一編があります(「登場人物の悲劇」)。「紙の世界」などもそうですが、総じてピランデッロの作品には、作品世界を独立した一つの別世界と割り切っている感じが濃厚にします。その意味では、登場人物が作者に話しかけてくるという一種のメタ小説、メタ戯曲のようなものも、技巧に走っているというよりは、ごく自然に作品世界の中に芽生えた、雑然としたメタ志向のような印象を受け、なかなか味わい深いものが感じられます。
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