「古楽 – バロック以降」カテゴリーアーカイブ

今年のクリスマス向けCD

例年この時期はいろいろと注目盤とか掘り出し物のCDがあるけれど、数あるクリスマス向け企画盤のうち、今年はアルテ・ノヴァが以前出していた『Ein festliches Weihnachtskonzert – a Christmas Concert』(74321 31681 2)を聴く。先月ごろまでHMVが超格安で売っていたが、現時点では完売した模様。でもまあ、今後再版があるかもしれないし、一応取り上げておこうかな、と。で、これがまた実に秀逸な3枚組。1枚目はコレギウム・モーツァルテウム・ザルツブルクの有志らによるイタリアもの。スキアッシ、ロカテッリ、トレッリ、ヴィヴァルディ、マンフレディーニ、コレッリと続く。軽やかさはそれほどでもないけれど、逆に落ち着いた雰囲気の演奏は、ちょうど季節的にもマッチしている感じだ(この1枚目は、ちょっとだけ上のHMVのサイトで試聴できる)。2枚目はカンタータ類。演奏はハンブルク・ソロイスツ。バッハ作曲グノー編曲のアヴェ・マリアや、ドメニコ・スカルラッティのカンタータ(結構珍しいかもね)、ガルッピ、ベルンハルトなど、なかなか厚みのあるプログラム。3枚目はテレマン、ヴェルナー、サマルティーニ、ハイドンなどで、華やいで、しかも情感豊かな曲が並ぶ。いや〜なかなか聴き応えも十分。どうやらこれ、レーベルでリリースしたものの寄せ集めらしい(解説のライナーはついていない)けれど、こういう企画ものは今後も大いに歓迎したいところ。

ジャケット絵はフラーテル・フランケ(マイスター・フランケともいう)の『トマス祭壇画』から「東方三博士の礼拝」。1424年作のテンペラ画で、ハンブルク美術館所蔵とのこと。フラーテル・フランケはドメニコ会士。当時の「国際ゴシック様式」(シエナ派起源で、自然の描写などが特徴的とされる)の代表格。

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「ロザリオのソナタ」

バロック・ヴァイオリンのパブロ・ベズノシウク以下4人によるビーバーの「ロザリオのソナタ」ダイジェスト版の公演を聞きに行く。16曲から成る「ロザリオのソナタ」のうち、10曲のプログラム。ところがこれがなかなか壮絶なことに……。前半の最後「磔刑」の途中で、なんだかヴァイオリンの音がおかしくなった。げ、楽器がイカレた?と思ったら、イカレたのは演奏者の手(手首?)のほうだった……(楽器の方を先に心配してしまうのは、リュート弾きならではのリアクションだ……反省)。つったらしい(これってプロならでは?弾きすぎ?)。で、演奏ストップで前半終了。後半はその頓挫した部分から再開。で、後半プログラムも3曲を終えたところで予定になかった休憩。ベズノシウクは曲の合間に数回、手を振り払うしぐさをしていた。なんとも痛々しい感じで、もう最後の「守護天使」(パッサカリア)のヴァイオリン・ソロ(これは実に美しい曲だけれど素人目にもかなり難しそう)などは、頼むから弾ききってくれよ〜という感じで、会場の多くの人が祈るような気持ちで応援していたのでは?うーん、なんともめずらしい状況だ。

でも、1曲目の「受胎告知」などは、テオルボ(キタローネ)とヴァイオリンによる実に感動的な演奏だった。これは名演か、と思われた矢先の上のトラブルのせいで、聴いているこちらも微妙に落ち着かなく集中しきれなかった。ちょっと残念。これまた渋くキタローネを弾いていたのはポーラ・シャトーヌフという女性奏者。小柄なためにキタローネがやたらでかく見える(笑)。今回は6台ものヴァイオリン(調弦がそれぞれ違う)を用意しての公演。13日と14日の午後に、それぞれ東京と兵庫で全曲版+朗読の公演が予定されているけれど、そちらはチケットは完売だったような……。(画像は彼らが出しているその全曲CD)。

パーセルのイギリス性?

最近録画とかが溜まってしまい、9月にBS2で放映された6月のアンドリュー・マンゼとリチャード・エガーのリサイタルをようやく最近になって観た。とくに後半のビーバー(「ロザリオのソナタ」から「受胎告知」と、「独奏バイオリンのためのソナタ集」から3番ヘ長調)がいい感じ。息もぴったりのコンビだけれど、チェンバロはここではあくまで補佐役。で、そんなわけで、エガーの最近のチェンバロ独奏ものをCDで聴きたいと思い、選んだのがこれ。『パーセル:鍵盤組曲とグラウンド』(HMU 907428)。パーセルの鍵盤組曲8曲を華麗に軽やかに弾いていて、なにやらどこかしら清涼感が漂ってくる感じ。

ライナーを見ると、エガーのテキストでチョコレートに言及したりしている。17世紀半ばのイングランドでは、フランス経由でチョコレートがはいってきて、1657年に初めてロンドンに専門店が設立されるのだという。1パウンド10から15シリングで、当初はエリート階級の「飲み物」だったという。ロールやケーキに使われるようになるのはもう少し先とのこと。またチョコレートにはダークな面もあり、毒殺などの場合に毒の味を消すものとしても用いられたのだとか。なるほどチョコレートか。そう言われると、パーセルの音楽は上質のチョコレート風味みたいなものもあるかもなあ、と。エガーはこの話、パーセルの謎の死にからめて引き合いに出しているのだけれど、それとは別に、パーセルの音楽についてもコメントしている。フランスのリュート音楽の「style brisé」(アルペジオを多用し曲の輪郭をぼかすスタイル)の影響を受けつつも、きわめてイングランド的なのだという。うん?イングランド的?エガーはそれを、ひねりや風変わりさ、エキセントリックさみたいに言う。個人的には、イングランドものって様式的にかっちりしていて、大陸もののような変な音が突然出てくるみたいな部分はあまりないと思っていたのだけれどなあ……。

ジャケット絵はコーネリウス・ジョンソン&ジェラード・ホークギースト作の「大英帝国のヘンリエッタ・マリア妃」の一部らしいのだけれど、残念ながらこの絵はネットではさしあたり見つからず(?)。また、まったくの余談だけれど、チェンバロつながりで言うと、やはり9月のBS2で放映していた中野振一郎のチェンバロ(ブランシェ作のオリジナル楽器だそうだ)演奏もとても端正で充実していた。2007年の浜松での公演で、クープランやラモーなどフランスもののプログラム。

「聖アレッシオ」

ウィリアム・クリスティ率いるレ・ザール・フロリサン。久々にその演奏をDVDで堪能する。ステファノ・ランディ(1587-1639)の音楽悲劇『聖アレッシオ』(Virgin Classics)。これはなんとも素晴らしい舞台だ。1631年の初演という初期のバロックオペラを、2007年にカーン(Caen)で上演したもの。まずもってヴィジュアル的に圧倒される。照明をロウソクの灯りで取るという手法のせいか、画面全体が赤みを帯びて、まるで生きた宗教画を見ているかのよう。少年合唱団が羽根を背に天使の役などで登場するが、それも全体の絵の中にとけ込んで違和感がない。うーん、お見事。演出のバンジャマン・ラザールという人はバロック劇の権威なのだそうで、なるほどと納得。また演奏も実に渋く、またバロックダンスなども随所に取り入れて見所もたくさん。クローズアップを多用したカメラワークは、時に人物の登場場面などを逃してはいるけれど、それでも主要な人物たちの微細な表情や仕草(これがまた実に絵画的)を細やかに追っていて上質。中身は、ヤコブス・デ・ヴォラギネの『黄金伝説』に出てくる聖アレッシオ(アレクシス)の最後の方の物語を三幕で構成したもので、すでに決定的な時(アレッシオの婚礼からの逃避、放浪など)は終わり、失われてしまっていて、いわば「残りの時」を抒情的に描き、歌い上げている。決定的な事件はすでに起きてしまっているという点で、ワグナーの「トリスタンとイゾルデ」なんかを彷彿とさせるかもね(笑)。

[古楽] カンタータ集2種

久々にバッハのカンタータ集を、立て続けに2種類ほど聴く。一つはある意味で定番のヘレベッヘ+コレギウム・ヴォカーレの新しい録音。『わが命なるキリスト』(J.S.Bach: Cantatas / Philippe Herreweghe, Collegium Vocale Gent, Dorothee Mields, Matthew White, etc)。これはなかなかに渋い一枚。ヘレベッヘはこのところ、再び古楽方面に返り咲いてきたみたいだけれど、以前にも増して精神性豊かな、静謐感の漂う演奏。曲はBWV27「わが終わりの近きをだれぞ知らん」、BWV84「われはわが幸いに心満ちたり」、表題作のBWV95、そしてBWV161「来たれ、汝、甘き死よ」。もうすぐアドベントだけれど、これはその辺りにぴったりな感じがしなくもない……曲想はちょっと暗めか。

もう一枚は一種の企画盤。『モン・サン・ミッシェルでの音楽−−バッハ』(Musique au Mont-Saint-Michel -J.S.Bach Concert 2007 / Emmanuel Olivier, Ensemble Galuppi)。フランス北部のモン・サン・ミッシェル修道院での2007年のライブ録音らしいのだが、ちょっと場の臨場感は感じられない。とはいえ、曲はどれも華々しい感じで盛り上がる(笑)。なかなかご機嫌だ。上のヘレベッヘのものとはまさに対照的。エマニュエル・オリヴィエ指揮、BWV149「人は喜びもて勝利の歌を歌う」、BWV19「いさかいは起これり」、BWV130「主なる神よ、われらはみな汝を讃えん」。どれも聖ミカエルの竜退治を語ったものということで、なるほどその繋がりでモン・サン・ミッシェルでの演奏となったということか。

さて、ヘレベッヘ盤のジャケット絵は、ルーカス・クラナッハ(父)による「キリストとサマリア女」(1540年、ライプチヒ美術館所蔵)。この様式美がまたなんとも言えない……。