『原論』第五公準

ポアンカレ予想 (新潮文庫)これも夏読書の残滓だけれど、ドナル・オシア『ポアンカレ予想 (新潮文庫)』(糸川洋訳、新潮社)。まだ途中までしか読んでいないのだけれど、現代数学史というか、サイエンスルポとしてとても面白い。で、これのわりと最初のほうに、エウクレイデス(ユークリッド)『原論』の第五公準(『原論冒頭に記された公準の一つ)の話が出てくる。第五公準は「二つの直線にもう一つの直線に交わるとき、最初の二つともう一つの直線がつくる同じ側の内角の和が直角二つ分よりも小さい場合、最初の二つの直線をどこまでも伸ばしていくと、その直角二つ分より小さい角の側で両者は交わる」というもの。早くからこれは公準ではなく証明が必要だとされ、盛んに試みられた経緯があるという(アラブ世界など)。はるか後世の19世紀になって、これが必ずしも正しいとは限らないのではないかという話が出て、非ユークリッド幾何学を導くことになる(有名なリーマンの講演)……というのが同書のストーリー展開。なるほど、この第五公準はとても重要な出発点をなしているわけだ。で、そもそも「それが公準でない」という指摘はプロクロスの注解書でもなされているという。そんなわけでさっそく確認してみた。

底本はネット上にあるもの(Procli Diadochi in primum Euclidis Elementorum librum commentarii, ed. Gottfried Friedlein, 1873)(ついでに英訳本のPDFも)。プロクロスはいきなり、これは公準(αἴτημα)から消すべきだと始めている。定理だからだ、と。しかもそこにはいくつもの疑問があり、それについてはプトレマイオスがそれらの解決を図っているという。ゲミノスの言として、想像力をやみくもに信用して幾何学で受け入れられた理拠とするわけにはいかないという指摘もなされている。アリストテレスとプラトンの喩え話に触れた後、プロクロスはこう続ける。内角が直線二つ分(180度)よりも小さいときに、その直線(εὐθεῖα)が傾くというのは必然だが、やがてもう一つの直線と交わるというのは、本当らしいけれども必然ではない。どこまでも傾きはするが、交わらないという線(γράμμα)もありうるetc。そしてこう結論づける。いずれにしても論証で確実になるまで、いったん公準から除外するのが筋ではないか、と。プロクロスは、第五公準が実際に使われる命題(命題二九)のコメントまで、その証明についての話を先延ばしにしているようだ。