ピコ・デラ・ミランドラと伝統知

Oeuvres philosophiques (3e ed)先日のクザーヌス話でも出てきたピコ・デラ・ミランドラ。その代表的な哲学的著作をまとめた一冊を読み始める。羅仏対訳の『ピコ・デラ・ミランドラ、哲学作品集』(Pic de la mirandole, Oeuvres philosophiques (3e ed), trad. Oliver Boulnois et Giuseppe Tognon, PUF, 2012)。収録されているのは、『人間の尊厳について(の演説)』『存在と一』『ヘプタプルス』(創造の六日間についての註解)の三作。これに巻末付録としてオリヴィエ・ブールノワの「人文主義と人間の尊厳」という論考が添えられている。とりあえず、最初の『人間の尊厳について』(以下『演説』)を眺めてみたのだけれど、人間は固有の本性をもたないカメレオンであり(有名なくだりだ)、みずからその本性を選び取る存在であると、その自由意志を高らかに謳い上げている。そういえばかなり前に取り上げた『イタリア・ルネサンスの霊魂論―フィチーノ・ピコ・ポンポナッツィ・ブルーノ』では、伊藤博明氏がこの『演説』の人間観と『ヘプタブルス』『ベニヴィエニ註解』などの人間観との比較を行い、宇宙の階層における人間の位置づけと、人間=ミクロコスモスという図式の両方から、この『演説』の人間観が逸脱していることを指摘している(!)。

個人的に興味深いのは、ピコが引いている様々な出典。中盤以降に列挙される箇所から挙げておくと、中世からはスコトゥス、トマス、エギディウス・ロマヌス、ガンのヘンリクス、メロンヌのフランシスクス(スコトゥスの弟子筋)、アルベルトゥス・マグヌスなど。アラブ世界からはアヴェロエス、アヴェンパーチェ、アル・ファラービー、アヴィセンナなど。ギリシア語圏からはシンプリキオス、テミスティオス、アフロディシアスのアレクサンドロス、テオフラストス、アンモニオス、さらにプラトン主義系ではポルフュリオス、イアンブリコス、プロティノス、プロクロス、ヘルミアス、ダマスキオス、オリュンピオドロスなどなど。さらにはユダヤ教系なども各種。古代ギリシアやアラブ世界を無視して中世だけを扱うのは意味ない、アカデメイア派を参照せずに逍遙学派を参照しても意味ない、みたいなことを述べていたりもする。それぞれの著者の何をどのように読んでいたのか、気になるところではある。ピコは基本的に連続する相を重視する立場に立ち、伝統的に異なるとされている幾人もの思想内容が実は一致しているのだということを、何度か繰り返し述べている。たとえばプラトンとアリストテレスの思想的一致は言うにおよばず、スコトゥス、トマス、アヴェロエス、アヴィセンナについても見解の数々の点が一致していると指摘していたりする。具体的な議論というよりは放言に近いのだけれど、このあたりの先取り感はやはり見逃せない。