グロステストを復習する

オリヴィなどフランシスコ会系の認識論にこのところ滞留している感じなのだけれど(苦笑)、その一環としてロバート・グロステストについての論考を読む。ジョン・シャノン・ヘンドリクス「ロバート・グロステストの著作における新プラトン主義の影響」(Hendrix, John Shannon, “Neoplatonic Influence in the Writings of Robert Grosseteste” (2008). School of Architecture, Art, and Historic Preservation Faculty Papers. Paper 6.。ひねりのない実直なタイトルだが、中身も実直そのもので、その名の通りグロステストの著作から、「光」「知覚」「想像力」「知解」といったキータームを抜き出し、アラビア経由で伝えられた新プラトン主義(おもにプロティノス)の類似のコンセプトとの比較をし、その照応ぶりをまとめたもの。それほど新しい知見のようなものはない気がするので、目新しさを求める向きには面白くないかもしれないけれど、テーマ別にほどよくまとまっていて、さしあたりの復習をしようというときにはもってこいかもしれない(笑)。目下の個人的関心からすると、とりわけポイントとなるのはやはりスペキエスの扱い。普遍と個物の関係をグロステストは光源(lux)と生成された光(lumen)の関係に重ね合わせているようで、「存在の原理」(principia essendi)としてのスペキエス(未確認だけれど、グロステストはそういう言い方をしているのか……?)は普遍的形相とイコールとされて、事物のうちにあるときには「個」をなし、事物以前、事物以後においては「普遍」としてある、とされるのだという。その場合の「普遍」というのはつまり、現実的には可能態としてあり、ただ精神の内においては現実態としてあるものなのだ、と。ふむふむ。知解のレベルと事物のレベルにおける形相の在り方が整理されていて参考になる。

↓wikipedia(jp)より、13世紀イングランドの写本に描かれたグロステスト