再びチェリア&ウラッコ『ティマイオス:ギリシア、アラビア、ラテン世界の注解』(Il Timeo. Esegesi greche, arabe, latine)からメモ。これの第三章は「中期プラトン主義の注解」についての論考(フランコ・フェラーリ)なのだけれど、そこでまず指摘されているのは「専門的注解」の成立。これは対話篇のうちテーマ的に一貫している一部のみを取り上げて注釈を施すやり方で、その代表例として取り上げられているのがガレノスによる注解だ。『ティマイオスにおける医学的問題についての覚え書き(Περὶ τῶν ἐν τῷ Τιμαίῳ ἰατρικῶς εἰρημεμήνων ὑπομνήματα)』というそれは(ギリシア語版が断片的にしか残っていないという)、当時(二世紀ごろ)の学識にそぐうようにティマイオスの内容をパラフレーズしようというもので、それによって対話篇の不明瞭な部分を明確化するのを目的としているらしい。ガレノスは、とくに文体の過度の簡潔さや、読み手側の教義への見習熟などが不明瞭の原因であると考えていたという(『明瞭と不明瞭について』という別のテキストもあるようだ)。ガレノスがやろうとしていたのは、『ティマイオス』に隠喩的・類比的な形で記された医学的考察を、より専門的な見地から見てより正確な用語に移しかえることだったという。たとえば、呼吸器と消化器官の説明(78A6 – 79A4)に魚取りの網(漁師の用いるかご:κύρτος)のたとえが使われていたりするけれど、これをガレノスは解剖学的な身体の部位の話に移しかえているとのこと。
ガレノスについてはさらに、第五章「アラブの伝統におけるティマイオス」(リュディガー・アーンツェン)でもかなり高い比重で言及されている。一〇世紀から一三世紀ごろにかけて、アラブ世界に広く流布した『ティマイオス』のテキストには、大別するとパラフレーズ版(三部作)『ティマイオス』(イブン・アル・ビトリーク訳)のほか、ガレノスの要約版『ティマイオス』(フナイン訳、ギリシア語版は散逸)、ガレノスの注解書(もとは上と同じもの、フナイン訳)があり、アル・キンディなどは要約版のほかにパラフレーズ版なども参照していた可能性があるのだという。ちなみにガレノスの注解書については、アラビア語版も少量の断片が残っているだけなのだそうな。同論考では、要約版ともとの『ティマイオス』本文との対応関係が一覧表になっていたり、要約版とガレノスの注解書との重なる部分などが表になっていたりする。論考の末尾にはアラビア語版の『ティマイオス』の各種断片ともとの本文とが並記されていて、これまた貴重な資料……。このあたりは後でじっくり眺めたいところ。いずれにしてもアラブ世界のティマイオス受容にガレノスが噛んでいる、というのがなかなか興味深い。