古仏語−−目的語の位置変化

扱われているコーパスが興味深いこともあって(笑)、久々に語学系・言語学系の論文を見てみた。ローリー・ザーリング「OVからVOへの変化:古仏語からのさらなる証拠」(Laurie Zaring, Changing from OV to VO: More evidence from Old French, Ianua. Revista Philologica Romanica, vol.10, 2010)(PDFはこちら)というもの。古仏語において、「目的語ー動詞」(OV)の語順がいかに「動詞ー目的語」(VO)に移り変わったかという問題を扱っている。なかなか興味深い問題だ。この論考自体は、『ロランの歌』(1100年頃)と『聖杯の探求』(1230年から40年頃)を題材とした先行研究(マルチェッロ=ニジア)の拡張を目論んだもの。そちらではOVの語順が13世紀初めごろに基本的になくなる(VOが定着する)と結論づけているのだというが、こちらの論考はクレチアン・ド・トロワの『ペルスヴァルまたは聖杯物語』(12世紀末)、ジョフロワ・ド・ヴィルアルドゥアンの『コンスタンチノープル征服記』(13世紀はじめ)を取り上げて、OVの形が13世紀初めにいたっても、非定形動詞(過去分詞や不定詞)の場合に存続していることを示すという内容になっている。というわけで、以下メモ。まず論考は、OVの語順が最初に定形動詞からなくなり、その動きが非定形へと広がっていったらしいことを実例をもとに指摘している。次いで、13世紀に残存するOVの場合、12世紀のもののように目的語がその文の「話題」として強調されるようなこともなく、談話機能的な制約(前出の語などを参照したり、新たに提題したりする際の、文法上の制約)が少ないことも議論されている。

OVからVOへの変化を促した要因として、上の先行研究では、中世ラテン語での単語ベースの強勢アクセントから、12世紀までには始まっていたされる句ベースでの強勢への移行が挙げられているというが(これはロマンス語系でも古仏語にとりわけ顕著なことらしい)、同論考では、それで説明できない現象として、非定形でも過去分詞の場合のほうが不定詞の場合よりもOVの消滅が顕著だということを挙げている。これには、上の談話機能的な制約の大小(過去分詞よりも不定詞の場合のほうが制約が少ないとされる)が絡んでいる可能性も示唆されている。うーん、このあたりはなにやら込み入った問題という気がする。論文著者は論文の末尾で、コーパスの拡大の必要性や、韻文・散文でのジャンル的な違いなども考慮されなくてはならないこと、さらにはロマンス系言語同士の比較など、まだまだ課題が山積していることを示唆している。