ホワイトヘッドの再評価へ?

具体性の哲学 ホワイトヘッドの知恵・生命・社会への思考明けて2016年、謹賀新年。とはいえブログの1本めは、当然というか年末の読了本から(年越し本はまた後で)。森元斎『具体性の哲学 ホワイトヘッドの知恵・生命・社会への思考』(以文社、2015)は、ホワイトヘッドの哲学を、「抱握」概念などを中心に整理・再評価しようというもの。難解なプロセス実在論の見通しをいくぶんなりとも良くしようという意図は好感できる。その一方で、ドゥルーズのホワイトヘッド論やハーマンの議論の検証や、あるいはラトゥールなどとの対照とか詩論とか、多面的なアプローチのせいかいくぶん散漫な印象も。もっとも、ホワイトヘッド自身がどこか散漫(そう言うと語弊があるけれど)かつ多義的であり、こうした多面的アプローチを唆していると言えなくもないのかも……。いずれにしても個人的には、ホワイトヘッドの全著作に見る総体・全体像へといっそう踏み込んでいってほしかった気もする。

キーワードとなっている「抱握」だが、要するに連続体から抱握という過程によって現実的存在が個体化し対象となる、という図式。いわば他の現実的存在を巻き込んで個体が成立し対象として認識されるプロセスにほかならないようなのだが、そのプロセス自体を直接認識できるわけではなく、対象が成立した後から遡及的に推論するしかないもの(ゆえにそれは一種の抽象物)とされるようだ。このあたり、なにやら第一質料から形相によって複合体が生じるというアリストテレス以来の質料形相論と重なり合うようだが、そこに時間と空間の諸条件が絡んでくるところがホワイトヘッドの真骨頂らしい。抱握概念が出来するおおもとにバークリがあったというのも興味深いところ。