ラージーの「先進性」?

錬金術についての論考もぼちぼちと読んでいきたいところ。というわけで、手始めにちょいと古い(1979年刊)のアラブ系錬金術についての小論を覗いてみた。セイイド・ホセイン・ナスル「イスラム錬金術と化学の誕生」というもの(Seyyed Hossein Nasr, Islamic Alchemy and the Birth of Chemistry, Journal for the History of Arabic Science, Vol.3, 1979)。わずか6ページ足らずなのだけれど、アブー・バクル・アル・ラージー(ラテン表記「ラーゼス」:10世紀)について、ジャービル・イブン・ハイヤーン(ラテン表記「ゲーベル」:9世紀)との対比でもってその特質を端的に描いている。同じような錬金術の用語を用いてはいても、ジャービルとラージーでは考え方に大きな違いがあるようで、著者が挙げているのはエリクシル(賢者の石)の成分内容、金属の種類分けに関わる数字のシンボリズム(秘数術)に対する見方、事物の究極的原因を認めるかどうかなどなど。総じてラージーは神秘主義を排除する方向にあるようで、シンボリックな側面をそぎ落とし、自然と精神世界の照応といった世界観を否定しているという。で、その背景には、ラージーがイスラムというか啓示宗教を否定する立場に立っていたことが大きく関係している、と。預言と啓示を通してのみ外部世界から内部世界への人格的な変容が可能になるとするイスマイール派(シーア派)神秘主義のメソッド(そこでの錬金術の基礎)を、ラージーはうち捨てる。で、それゆえにシンボリズムから自由になった自然へのアプローチこそが、錬金術を化学へと転換させたのだ、と著者は説いている。ちょっと図式的すぎないかしらという疑問もないでもないけれど(?)、とりあえずこれは確かに、アラブ世界の錬金術理解に向けた最初のツボという感じではある。

↓wikipedia(en)より、ラージーによる医学書のラテン語訳書(クレモナのゲラルドゥスによる)。