磔刑の謎

夏の夜に(ホラーじゃないけれど)ちょっと血なまぐさい(?)話の小論を読んでみた(笑)。M.W.マスレン&P.D.ミッチェル「磔刑の死因に関する医学的諸理論」(M.W.Maslen & P.D. Mitchell, Medical theories on the cause of death in crucifixion, Journal of the Royal Society of Medicine, vol.99, 2006)というもの。磔刑もまた世界的に広く分布する処刑方法。ローマ時代に多用されていたという磔刑は、当然ながらキリストの磔刑が最も有名なわけだけれど、実際のところ、具体的にどういう風に罪人を磔にし、どういう死因で死にいたらしめていたのかは未だにわかっていないらしい。磔刑での死因についてはいろいろな説が唱えられているというが、どれも決定的な証拠がなく、同論文の著者たちはむしろケースバイケースで様々な死因があっただろうと考えているようだ。脱水症状、無理な姿勢による呼吸困難、血栓、失血のショックなどなど……。磔刑が実際にどんな形で行われていたかについても文献的な史料は乏しいようで、やはりメインは聖書ということになるらしい。ほかには、たとえばヨセフスやセネカなどにも簡素な記述があるようだ。考古学的史料としては、釘打ちされたローマ時代の踵骨がギヴァト・ハミヴタール近郊(イスラエル)の墓から出土しているという(1968年とのこと)。その例ではどうやら足を十字架の柱部分の側面に打ち付けているらしい(!)(この場合の想定図はこちら)従来、イエスの磔刑図像・彫像は伝統的に、足を柱部分の前面に打ち付ける風に描いてきたのだけれど、実はそういう形で磔にしていた証拠は見当たらないのだとか。

以前どこぞのテレビ番組で、手のひらにクギを打つのではずり落ちてしまうという説への反論として、ヒザと腰を曲げる形で安定させればずり落ちないという話を実際に人をたてた再現実験により検証していたように思うけれど、どうやらこれはザギビーという人の説らしい。仮説としては面白かったものの、これも足を柱の前面に打ち付けることを前提にしていて、この小論によれば根拠はないということになる。さらにザギビーの説はトリノの聖骸布にもとづくところが大きく、この聖骸布自体が1260年から1390年ごろにかけて作られた贋作だとあっては、もはやその仮説は論外とされるしかないのだとか……。再現実験も、本物の受刑者のようにかなりの長時間を磔にされたままにできるわけでもなく、いろいろ問題があるようだ。一方で上のギヴァト・ハミヴタールの史料などはなぜか無視されているのだという(ん?これはどういうことなのかしら。これまた偽物かもしれないからとか???)。で、論文の著者たちは一通りの批判を展開した後、こういうテーマでは、医学・考古学・歴史学などの学際的な研究チームによるアプローチが有効だろうと結んでいる。研究はまだまだこれから、というところなのか……。

wikipedia(en)より、ギヴァト・ハミヴタールの写真