「土食」についての小論を読んでみた。ヴォイヴォット&キス「ゲオファギア:土食症の歴史」(A. Woywodt & A.Kiss, Geophagia: the history of earth-eating, JRSM, vol.95(3), 2002)というもの。読んで字のごとく土を食べるということなのだけれど、これは習慣としては現代世界でも南アフリカなどに見られるといい、人類学的にはかなり広範に世界各地で見られる現象なのだそうだ。アジアでも飢饉のときに土粥が食べられていたなんて話もあるし。ただ、この食文化的なものは別に(?)病理的な場合の土食症なるものがあり、妊婦が土を食くような事例(鉄分の不足を補うため、などと説明される)があるのだそうだ(うーむ、でもこの論考ではそれら両者を分けずに扱っているのだけれど、それでいいのかしら?)。
15世紀から16世紀というと、世俗化が進んで、ラブレーではないけれど下ネタを含む様々なバーレスク、あるいはサティリカルなテーマがあふれ出すというイメージがあるけれども、そうした動きは詩人にとどまらず、画家にも影響をおよぼし、バーレスク、サティリカルな視線は彼らを通じて自然界の事物や日常生活の事物にまで注がれていた……といった話を扱ったアーティクルを読んでみた。ジョン・ヴァリアーノ「後期ルネサンスのローマにおける、性的メタファーとしての果実や野菜」というもの(John Variano, Fruits and Vegetables as Sexual Metaphor in Late Renaissance Rome, in Gastronomica – The Journal of Food and Culture, Vol. 5, No. 4, 2005, University of California Press)(PDFはこちら)。
マキャヴェッリあたりともなると、基本知識不足ながら関心だけはあって(苦笑)、そんな勢いでイリヤ・ウィンハム「マキャヴェッリのキリスト教教育論」という論考を見てみた(Ilya Winham, Machiavelli on Christian Education, Education: Forming and Deforming in Premodern Mind(PDF), Newberry Library, 2009)。巷に膾炙する解釈として、マキャベッリが『ディスコルシ』の中で同時代のキリスト教の教育と古代ローマの異教的教育とを対比し、前者を問題視し後者を賞揚していた、あるいは後者を参考にして前者を抜本から改革しなくてはならないと考えていた、というものがあるという。論文著者はこれを「市民宗教アプローチ」と称し、著名な研究者などの間でも広く出回っている解釈だとしている。ポーコックの『マキァヴェリアン・モーメント』(邦訳は田中秀夫ほか訳、名古屋大学出版会)などもそうなのだとか(うーん、個人的には同書は全体を読んではいないのでナンだけれども、部分的に目を通した範囲ではそんなふうな解釈にはあまり思えなかったりもするのだけれど……。まあ、夏読書ということでじっくり読んでみるのもよいかもしれないなあ……)。で、同論文はこれを問い直そうというのが趣旨になる。その市民宗教アプローチの肝となるのが、古代の宗教が現世的な「善」を重く見るのに対して、当時のキリスト教の教えはあくまで彼岸の生が重要視された、という議論。けれども論文著者からすると、そもそもこれ自体が後世の宗教観を反映した偏った見方なのではないかという。で、同著者は『ディスコルシ』を読み直してみるわけなのだけれど、マキャヴェッリがキリスト教に替えて異教的教育を求めたとか、異教のモデルでもってキリスト教教育の改革を求めたといった推測は、実のところほとんど根拠がないという結論にいたる。『ディスコルシ』に描かれるマキャヴェッリの教育論では、異教からの教訓を学ぶことがキリスト教を拒否することに直結はせず、キリスト教の教育はそうした異教的な教訓と両立しうる、あるいは相互に補完しうるとされているのだという。マキャヴェッリが持ち込む対立軸も、キリスト教と異教ではなく、弱い教育と強い教育の間にあるのだという。ちょっとこのあたりも含め、『ディスコルシ』(永井三明訳、ちくま学芸文庫)そのもの(なんとまあ、これも積ん読になっている……)で確認を取りたいところ。