パスナウ本にオッカムを追う – その1


昨年出たロバート・パスナウの『形而上学的主題 – 1274-1671』(Robert Pasnau, Metaphysical Themes 1274-1671, Oxford Univ. Press, 2011)は、中世末期から初期近代にかけての西欧の思想的変遷を、形而上学の主題ごとに俯瞰的に見ていくという趣旨の大著。これもまた最近ようやく入手して、ちらちらと眺めているところ。これ、なにせ本文だけで700ページ超ときている。しかも扱う領域も年代もかなり広範にわたっているので、頭から漠然と読んでいくのでは、個人的にはいろいろ消化不良も起こしかねないように思える。というわけで、ここはむしろ扱われている主題そのもので区切るより、人物ベースで横断的に拾い読みするほうがさしあたりは面白いのではないかと考えているところ。とりあえずメルマガのほうで扱っているオッカムをキーにして、しばらくは全体を眺めていこうと思う。ま、正統的ではないものの、こういう読み方もあってよいかな、と(苦笑)。

オッカムについての最初のまとまった言及は、「無からは何も生まれない」という議論についての箇所(2章3節)と、質料がすでにして限定されているという議論を紹介した箇所(4章4節)あたり。これは昨日のメルマガでもちょろと触れたところ。オッカムは、事物の生成・消滅(つまりは流転)に際してなおも存続するものとしての質料を原理として立てる。同時に、一方ではそこにすでにしてなんらかの現勢態があると考える(そのあたりはオリヴィゆずりの議論だ)。質料には限定的な「拡がり」、すなわちなんらかの「量」があると見るのだけれど、オッカムの場合、この「量」なるものは実体にもとより含まれるのであって、いわゆる範疇論での独立した範疇をなすとは見なされない。この範疇論解釈はある意味とても重要で、それはオッカムの唯名論の立場とも大きく関係している。

唯名論全般についても、同書に簡単なまとめがある(5章3節)。「唯名論」の呼称が使われるようになるのは15世紀初頭になってからで、それ以前には用語としても使われていないし、それが哲学的なムーブメントをなすなどとは考えられもしなかった。唯名論と実在論の対置に言及した嚆矢としては、たとえばプラハのヒエロニムスがいるのだという(1406年、ハイデルベルク大学を訪問した際の記述だとか)。また、この対立的構図は1425年のケルン大学の文書にも明示されているというのだけれど、そこでの対立軸はむしろ新旧論争的で、トマスやアルベルトゥス・マグヌスなどの旧派と、ビュリダンやインゲンのマルシリウスなどの新派とが対比されていた。で、15世紀後半になるとその新旧対立に実在論・唯名論の対立が重ね合わせられていくのだという(なるほどこのあたりの話は、コートニー『オッカムとオッカム主義』(William J. Courtenay Ockham and Ockhamism: Studies in the Dissemination and Impact of His Thought, Brill, 2008)などでも取り上げられている)。

で、重要なのは次の点。今でこそ唯名論と実在論を分けるキーとして「普遍」をどう捉えるかが問題にされるけれど、当時その両者を区別する議論は別にあって、それはつまり用語と指示対象とが一対一対応になるかどうかという問題だった。用語が複数化した場合、対応する外的事象も複数あるとみるのが実在論、外的事象は複数化しないとするのが唯名論というわけだ。たとえば「神性」は神のもとにあってとことん一つだとするのが唯名論、「神の賢慮」といったものが神そのものとは別にあるとするのが実在論(という例が1475年のパリの唯名論弁護論にあるのだという)。この、いわば言語の表層構造が現実の構造に対応しているかどうかという問題は、普遍をめぐる問題というよりは、むしろ範疇論をめぐる論争を招くことになる。こうして上の、オッカムの範疇論へと話がつながっていくことになる……。