実存のイカ……

小著だけれど、体裁も中身もちょっと面白い新書『イカの哲学』(集英社新書)を読む。波多野一郎という若くして没した哲学者の哲学的寓話『イカの哲学』を、中沢新一が「解説」するという一風変わった作りの体裁。そのもとの哲学的寓話は著者(波多野)の体験記にもとづくもので、特攻経験を経てアメリカに留学していた日本人学生が、バイト先の水産加工場で陸揚げされたイカの群れを目にしたのをきっかけに、ある種の平和思想に目覚めるというもの。「解説」(?)部分はこれにある種の現代思想風なリファレンスを絡めることによって、そこから大きな「平和学」を取りだそうとするのだが、これがまた注釈・注解を超えて、もとの『イカの哲学』に触発された別様の哲学的寓話になっている感じ(笑)。とりわけ鍵となるのが、援用されるバタイユのエロティシズム論。生き物に内在する、個体を超えようとする連続性の原理を「エロティシズム態」として、個体の維持にのみ奔走する「平常態」と対立させ、両者のせめぎ合い・相克から新しい平和への視座を見つけようとする。なるほど多少論理の飛躍もなきにしもあらずだけれども、「実存の相互理解」といった単純・素朴ながらとても難しい問題を突きつけるというスタンスはちょっと情感に訴えるものもある。それになにより、こうした「埋もれたテキスト」を現代思想風の語りで掘り起こすというのは、企画としてもっと色々あっていいような気がする(笑)。