「異教徒」観の相違

フィリップ・ブサラッキ「比較による異教徒たち:中世キリスト教・イスラム教の異教的「他者」の構築」(Philip Busalacchi, Pagans by Comparisons: Medieval Christian and Muslim Constructions of the Pagan “Other”, Perspectives: A Journal of Historical Inquiry, vol. 37, 2010)という論文を眺めた。ベーダ『イングランド教会史』(7世紀)、ヘンリクス・レットゥス『リボニア年代記』(13世紀)、イブン・ハルドゥーン『歴史序説』(14世紀)、バーブル『バーブルナーマ』(16世紀)という4つの文献をもとに、キリスト教とイスラム教がそれぞれ「異教徒」をどう見出していったかを検討しようというもの。一種の「他者論」というわけだ。ヘンリクスとバーブルは個人的に馴染みがないのだけれど、前者はドイツ騎士修道会の一員で、異教徒の改宗とバルト海一帯にキリスト教帝国を創設する目的でリボニア(現在のラトビア、エストニア)に派遣され、そこで上の年代記を記した人物だという。バーブルはムガル帝国の初代皇帝で、インドに侵攻した人物。その自叙伝が上記の『バーブルナーマ』なのだそうな。論文の前半は異教徒の認定根拠がテーマ。基本的にこれら4つの文献では、扱う相手の異教徒はそれぞれ異なるものの(ベーダの場合は改宗前のブリトン人、ヘンリクスではバルト海一帯の原住民、ハルドゥーンではイスラム化以前のベドゥイン、バーブルではヒンドゥー教徒)、異教徒と自分たちを区別する基準として儀礼や信仰を表す外的なサイン(身振りや行動など)などが使われているという。ただ、彼らは一様に異教徒を文明化していない未開人として上から目線で見ているともいい、その蔑視の根拠が問われることになる。

後半では、キリスト教とイスラム教での違いが際立ってくる。キリスト教の二者はとくに文明化の基準・定義について説明することなく、ただひたすら異教徒らが未開であることの事由ばかりを挙げているという。しかもそこでは、行動、態度、信仰の有無など個人的な面ばかりが問題にされる。ベーダやヘンリクスでは、キリスト教化と文明化はほぼイコールという「結論ありき」の話になっているというわけだ。ところがイスラム教の二者の場合、宗教の力を文明化の手段とする点は共通するようだが、法整備の有無や生活の快適さ(ハルドゥーン)、あるいは技術やインフラの整備、ソーシャル・スキルなど(バーブル)を文明化のキー・エレメントとして見ているという。うーむ、なかなか示唆的だ。さらに興味深いのは、キリスト教の著者二人は異教徒の改宗を強調しているのに対し、イスラム教の著者二人には改宗のテーマは見られないのだという。なにやら宗教的姿勢の根本が大きく違っていそうだが、論文著者は、とにかくキリスト教とイスラム教の改宗のための努力(の違い)についてはさらに詳細な研究が必要だとしている。うーむ、確かにそれはとても面白そうなテーマではある。

バーブルの肖像画(不詳)
バーブルの肖像画(不詳)

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