ノルマンディ家(ロロ、ギヨーム1世、リシャール1世):13世紀の図像少し前に見かけた論文に、アングロ・ノルマン語を扱ったものがあった。リチャード・イングハム「中世イングランドにおけるフランス語のステータス:目的語代名詞の用法からの論証」(Richard Ingham, The status of French in medieval England: evidence from the use of object pronoun syntax, Vox Romanica vol.65, 2006)(PDFはこちら)というもの。アングロ・ノルマン語というと、ノルマン征服の時代にイングランドに伝わったオイル語(北フランス古語)の一方言が母体となった、いわばフランス古語の変種。12世紀からイングランドの貴族階級に使われるようになり(韻文の文芸作品などが残っている)、その後も15世紀くらいまで行政語、文書語として活用されていたという(まさにダイグロシアだ)。同論文は言語学系の細かい議論が中心だが、一言で言うと、アングロ・ノルマン語での目的語をなす代名詞の構文上の位置取りが、14世紀ごろまで大陸のフランス語での変化(不定詞句で動詞の前になる)に沿って変化していることを示している。この一見些細な論証は、実はもっと大きなパースペクティブを開くものなのだという。アングロ・ノルマン語が英語の影響を受けずに独立していることが示されるし、それが14世紀ごろまで、純粋な外国語として習得されていたのではない可能性も開かれる。これはつまり、代名詞の構文上の位置は外国語として習得した場合の弱点の一つとなるのに、そういう誤りが14世紀ごろまで見られないということ。使い手は大陸のネイティブに近い言語運用能力を持っていた、ということになる。1362年に裁判が正式に英語でなされることが決まったのが転機となってアングロ・ノルマン語は衰退し、15世紀になると、不完全な第二言語に見られるミスが散見されるようになるのだという。うーむ、ダイグロシアの微細な変遷が垣間見える一例として興味深い。