なんとあのビンゲンのヒルデガルトが、アヴィラの聖ヨハネ(16世紀)ともども、法王ベネディクト16世により10月7日に教会博士の称号を与えられたそうだ。教会博士というのは「時代に関係なく意義深くあり続ける神学的な教え」を示した人物に与えられる称号だということだけれど(こちらのサイト)、ヒルデガルトの多彩な活動はまさに時代を「越えている」。当然ながらその一つの事例として挙げられるのがヒルデガルトの音楽だ。というわけで、ヒルデガルトの作曲した「音楽劇」についての文章を眺めてみた。エッカード・シモン「ビンゲンのヒルデガルトとその音楽劇『オルド・ヴィルトゥートゥム』:学知の批判的レビューおよびいくつかの新提案」(Eckehard Simon, Hildegard of Bingen (1098–1179) and Her Music Drama Ordo virtutum: A critical review of the scholarship and some new suggestions, published online, 2011)というもの。題名通り、音楽劇『オルド・ヴィルトゥートゥム(諸徳の劇)』についての研究動向を多面的にレビューとしてまとめたもの。これはいろいろな意味で勉強になる(笑)。全体としては『中世ヨーロッパの歌』(高田康成訳、水声社)で知られるピーター・ドロンケの研究が下敷きになっている。
アレゴリー的に徳を表す登場人物たちによる、悪魔との戦いを描いた教訓劇のような体裁のこの音楽劇(オルドは当時、一般に音楽劇を指していた)は、ヒルデガルトが開いたルーペルツベルク修道院の聖別に際して上演されたものとも言われ、またそれに類する特別な機会にたびたび上演されたとも考えられるという。ヒルデガルトはこの作品が後世に残ることを望んだらしく、四線のネウマ譜で残しているのが珍しいのだそうだ。つまり、同時代の楽譜が線なしのネウマ譜として記されていたりするのに対し、ヒルデガルトの楽譜は珍しく音の高低や間隔がちゃんと解読できる、というわけだ(もちろんテンポなどは不明なわけだけれど……)。さらに、登場人物たちの心情や、どの人物に向けた歌かといったことも指示されているのだとか。この音楽劇のもとになったビジョンが、ヒルデガルトの有名な幻視を記した初の書『スキヴィアス』の第三巻に記されていて、それぞれの徳(「謙虚」「慈愛」「(神への)畏怖」「(天への)愛」「勝利」)はいずれも独自のきらびやかな衣装をまとって描かれおり、この音楽劇の上演に際してもそれに従ったとするなら、さぞカラフルできらびやかな舞台になっただろうという。実際、ヒルデガルトは修道女が歌う際の衣装の華やかさを皮肉る手紙を受け取っているそうで、それに対する反論の手紙もまた残っているのだとか。ほかにも現存する写本の話とか(リーゼンコデックスという主要な写本のほか、ブリテッシュ・ライブラリー所蔵の写本があり、こちらは16世紀のトリテミウスの手によるとされてきたという)、ヒルデガルトのひょっとしたら着想源だったかもしれないという復活祭の劇『墓への訪問(Visitatio Sepulchri)』の話など、いろいろ興味の尽きない話題が満載だ。