ゾシモスの『炉と器具について』を見ているわけだけれど、それとの関連でこんな論考を見始めているところ。ベンジャミン・ハルム『アラブのゾシモス—アラブ/イスラム世界におけるパノポリスのゾシモス受容』(Benjamin Hallum, Zosimus Arabus: the reception of Zosimus of Panopolis in the Arabic/Islamic world, Warburg Institute, University of London, 2008 )。今ちょっと忙しいのであまり時間が取れず、とりあえずゾシモスについての先行研究の概要と問題をまとめている序論部分だけ覗いてみた。ゾシモスで問題になるのは、まずその実像に関する情報がきわめて乏しいこと。年代も正確には知られておらず、ただ四世紀よりも後ではないだろうと推測されるのみ。基本事項としては、この『炉と器具について』はテオセベイアなる「精神的な妹?」に向けて書かれた書簡の形で、精神的な救済と、ダイモンによる影響を避けることを主要なテーマとしている、と。ゾシモスの宗教的なスタンスは諸教混合主義(シンクレティズム)的・折衷的とされる……。
ルクレツィア・イリス・マルトーネ『イアンブリコス「魂について」—断章、教義』(Lucretia Iris Martone, Giamblico. «De anima». I frammenti, la dottrina, Pisa University Press, 2014)を読んでいるところ。イアンブリコスの霊魂論の断章本文の校注・翻訳(同書の中間部分)を含む、総合的な研究書。イアンブリコスの霊魂論がドクソグラフィー的(魂をめぐる諸説を集めたもの)だという話は前から聞いているけれど、その残っている断章を見ると確かにそういう感じではある。アリストテレスの教説に対してプラトンおよびプラトン主義者の説を対置していたり、さらにはプラトン主義陣営内ので異論なども拾ってみせている。もちろんそれら以外の学派や思想家たちについても取り上げている。
前にも出たけれども、原論の注解書でプロクロスは、数学が扱う対象(より正確には幾何学が扱う対象)を感覚的与件でも純粋な知的対象でもないとして、両者の中間物、つまり想像力の対象として規定している。注解書でこれに触れている部分は、序論第一部の末尾あたりから序論第二部。現在鋭意読み進め中。で、これに関してとても参考になる論考があった。ディミトリ・ニクーリン「プロクロスにおける想像力と数学」(Dimitri Nikulin, Imagination et mathématiques ches Proclus)。所収はアラン・レルノー編『エウクレイデス「原論」第一巻へのプロクロス注解書の研究』(Études sur le commentaire de Proclus au premier livre des éléments d’Euclide, éd. Alain Lernould, Presses universitaires du Septentrion, 2010)。プロクロス注解書に関する2004年と2006年の国際会議にもとづく論集で、先の普遍数学史本の著者ラブーアンをはじめ、様々な論者が多面的にアプローチしているなかなか興味深い一冊。で、ニクーリンの論考は、なにやらわかったようなわからないような感じの「感覚的与件と知的対象の中間物」について、その諸相をプロクロスの本文に即してうまく整理してくれている。
底本はネット上にあるもの(Procli Diadochi in primum Euclidis Elementorum librum commentarii, ed. Gottfried Friedlein, 1873)(ついでに英訳本のPDFも)。プロクロスはいきなり、これは公準(αἴτημα)から消すべきだと始めている。定理だからだ、と。しかもそこにはいくつもの疑問があり、それについてはプトレマイオスがそれらの解決を図っているという。ゲミノスの言として、想像力をやみくもに信用して幾何学で受け入れられた理拠とするわけにはいかないという指摘もなされている。アリストテレスとプラトンの喩え話に触れた後、プロクロスはこう続ける。内角が直線二つ分(180度)よりも小さいときに、その直線(εὐθεῖα)が傾くというのは必然だが、やがてもう一つの直線と交わるというのは、本当らしいけれども必然ではない。どこまでも傾きはするが、交わらないという線(γράμμα)もありうるetc。そしてこう結論づける。いずれにしても論証で確実になるまで、いったん公準から除外するのが筋ではないか、と。プロクロスは、第五公準が実際に使われる命題(命題二九)のコメントまで、その証明についての話を先延ばしにしているようだ。