探求の心得帳

7月 26th, 2016 Posted in 古楽じゃないが……, 見・聞・読・食 | 探求の心得帳 はコメントを受け付けていません。

バイエルの謎: 日本文化になった教則本 (新潮文庫)飛び飛びに読んでいたのだけれど、安田寛『バイエルの謎: 日本文化になった教則本 (新潮文庫)』(新潮社、2016)を文庫版で読了。もとは2012年の音楽之友社刊。うん、これはなかなか楽しい読書体験だった。バイエルはピアノ教則本で有名なのに、本人についてはほとんど情報がない、というところから出発し、日本に入ってきた経緯を追い、初版本を追跡し、そして最後はバイエルその人について戸籍(に相当する洗礼簿)を探っていくというストーリー。そういうアウトラインだけ見れば評伝研究の王道といった感じでもあるのだけれど、著者はその経緯それ自体を記録として、ルポルタージュ風にまとめてみせている。単なる評伝にしていない点がとてもよい。資料と出会えるにはそれなりの探求努力と、幾たびかの挫折、そしてなにがしかの幸運に恵まれなくてはならない……少しでも人文系の研究をすれば、そういう状況というのは多かれ少なかれ体験するはずだけれど、その、時にはまどろっこしいをプロセスを、とても大事に、どこかサスペンスフルに描き出している。これを読んで「こういう探求をやりたいなあ」みたいに思う人も、潜在的には少なからずいるのではないかな、と。というわけで、これは「資料渉猟のススメ」もしくは「探求の心得帳」という感じで個人的には受け止めた一冊。ちなみに、バイエルの初版(とその家庭環境など)をもとに、末尾でとても興味深い仮説が披露されている。うーん、なかなか渋い……。

カッシーラーから見たルソー

7月 24th, 2016 Posted in 近代初期・近世のほうへ | カッシーラーから見たルソー はコメントを受け付けていません。

ジャン=ジャック・ルソー問題 [新装版]このところ時間が取れず、先週はブログも完全にお休み。今週あたりからはぼちぼちと再開しよう。というわけで、まずはこれ。カッシーラー『ジャン=ジャック・ルソー問題 [新装版]』(生松敬三訳、みすず書房)。1974年刊行のものの新装版(2015)。原著は1932年刊だというが、今読んでもなかなか味わい深い。個人的にはルソーのドイツ語圏での受容というのはどんなだったかに関心を覚えていたのだけれど、ここで展開するのはそういう話ではなく、ルソーの思想内容、とりわけ社会の問題、法の問題についての視座が、表面的な矛盾の数々にもかかわらず一貫していること(第一論文)、さらに倫理学から感情論を切り離すという、当時の倫理学に対立するかのような独自の体系をしつらえていることを(第二論文)を、様々な角度から検証していくというのが趣旨となっている。でも、その過程で、そうしたルソーの独自性、一貫性を理解していたのは、同時代においてほぼカントだけだった(!)という指摘がなされている。うーむ、カッシーラーは新カント派に属していたわけでもあり、また20世紀初頭あたりの時代的な要因もあって、カントはかなり贔屓目で見られていたような感じもなきにしもあらずだが、改めて現代的な研究によるルソーの受容史というのを見てみたい気がする。

ナイルの洪水

7月 16th, 2016 Posted in 古典語・古典学系, 生命、自然、コスモロジー, 運命・宿命・災害論など(災禍表象学) | ナイルの洪水 はコメントを受け付けていません。

ストラボンが示していたナイルの洪水の原因の話。ちょっと気になったので調べてみた。校注者による註では、アリストテレスの説というのは、今では偽アリストテレスの書ということになっているという『ナイルの洪水について(De Inundatione Nili)』からのものだという。どうやらこれは後世のラテン語訳のみが伝わっている、失われたアリストテレスの著書の梗概らしい。で、その内容はというと、少々古いけれど、スタンリー・バースタイン「アレクサンドロス、カリステネス、ナイルの源流」(Stanley M. Burstein, Alexander, Callisthenes and the Source of the Nile, 1976)(PDFはこちら)という論考に端的にまとめられている。それによると、古代に3世紀にわたって続いた、現実から遊離した説(エジプトの土壌はスポンジのようで、冬にしみこんだ雨水が夏に滲んでくる、というエフォロスの説など)に、その梗概は終止符を打ったのだという。そこでは、観察にもとづく所見だとして、次のような話がなされているようだ。エチオピアでは冬以外の時期に大量の雨がふり、その雨水が徐々にたまって洪水となる。洪水は結果的に夏季のエテジア季節風(北風)のころに生じる。エテジア季節風やそれに先立つ夏季の風が雲をもたらし(isti enim nebulas maxime ferunt ad regionem et quicunque alii venti fiunt estavales ante hos)、それが山地にぶつかって雨が発生し、ナイルが発する湿地にそれが大量に流れ込むのだ(quibus offendentibus ad montes defluunt aquae ad stagna, per quae Nilus fluit)、と。論文著者によれば、このアリストテレスの説明(ということにここではなっている)は、新旧をないまぜにした説明だという。前5世紀にデモクリトスやトラシュアルケスは、エテジア季節風がエチオピア南部に豪雨をもたらすと考えているといい、クニドスのエウドクソスはエジプトの聖職者がエチオピアでの夏季の豪雨について証言していると報告しているのだとか。エウドクソスの記述はアリストテレスの『気象学』の記述のソースになっているかもしれないとのこと。

同論文はこのあと、誰がそうした現象を実地で観察したのかという問題へと進んでいく。これもまた大変面白い。セネカの『自然の諸問題』(Naturales Quaestiones)の失われた部分を引用しているリュドスのヨアンネス(6世紀)は、その引用部分で、逍遙学派のカリステネスの『ヘレニカ』第4巻に言及しているのだという。で、その箇所には、「自分(カリステネス)はマケドニアのアレクサンドロス(大王)の遠征に同行したが、エチオピアで、ナイルの洪水がその地域の豪雨の結果であることを発見した」ということが記されているのだとか。この三重引用(?)が果たして正しいのかどうかを、同論文はひたすら追っていく。なにしろヨアンネスによるセネカの引用には二つほど大きな誤りがあるといい、すでにして色々な要素が錯綜しているようだ。さて、その真相は……。

ストラボン

7月 12th, 2016 Posted in 古典語・古典学系 | ストラボン はコメントを受け付けていません。

Strabon, Geographie: Tome XIV; Livre XVII, 1ere Partie (Collection Des Universites De France Serie Grecque)これもすでにして夏読書だが、ストラボン『地理学』を読み始める。とはいえ冒頭から読んでいるわけではない。読んでいるのはLes Belles Lettresの対訳本のうち、2015年に出た第17巻第1章(Strabon, Géographie: Tome XIV; Livre XVII, 1ère Partie (Collection des Universités de France Serie Grecque), trad. Benoît Laudenbach, Les Belles Lettres, 2015)。なんとこの17巻は、『地理学』の最終巻にあたる部分。ナイル川沿いのエジプト、エチオピアの地誌が取り上げられている。まだ冒頭部分のみ囓ってみただけだが、ナイルの増水についての記述(第1章第5節)で、古代の著作家たちに言及している部分など、なかなか面白い。

ストラボンは前1世紀の古代ローマのギリシア系著述家だが、それ以前の「古来の」著者たちに、ときにリスペクトを込めて、ときに批判的に言及しているようだ。で、ここではそれらの先人たちが、ナイル増水の原因、すなわち夏季の雨量の増加現象についてよく理解していなかったようだと述べている。雨量と増水の関係そのものはよく知られていて、とくにアラビア海の航海者や、ゾウ狩り(!)のために派遣されていた人々などが、職務に影響するせいでそうした現象を問題視していたという。けれどもその一方で、雨量の増加については満足いく説明はなかったようで、なぜ夏場だけなのか、なぜ南部地域だけなのかが謎だったようだという。もちろん説明の試みがなかったわけではないようなのだが、そこにも古い文献の伝統が介在していたようで、ストラボンと同時代のポセイドニオス(前1世紀)の報告はカリステネス(アリストテレスの弟子)の説明をもとにし、それがまたアリストテレスの説明にもとづき、それもまたタソスのトラシュアルケス(自然学者だという)の説明の焼き直しで、さらにもう一人(名前は不明)を介して、ホメロスのナイルについての記述に行き着くのだという。さらにストラボンは、ナイルの増水の同時代の説明について、エウドロスと逍遙学派のアリストンなる二人の人物名を挙げて、両者の記述がそっくりだという逸話も披露している。ここに出てくる人々の、実際の説明や記述を確認してみたいところではある。いずれにしても、このようにストラボンの記述は存外興味深い点が多い印象だ。夏読書にはもってこいかもしれない(笑)。

宗教と哲学の構え方?

7月 6th, 2016 Posted in 日曜哲学 | 宗教と哲学の構え方? はコメントを受け付けていません。

宗教的経験の諸相 上 (岩波文庫 青 640-2)思うところあって、ウィリアム・ジェイムズ『宗教的経験の諸相 上 (岩波文庫 青 640-2)』(桝田啓三郎訳、岩波書店、1969 – 2016)を読み始める(気分はもう夏読書という感じではある)。早速ながら、この第二章がなかなかよい。大上段に構えた「宗教の本質」といった抽象概念から話を進めるのではなく、ボトムアップ的に「宗教的感情」というものを個別のケースから分析していこうとしている、その姿勢にまず共感する。そこから、考察の対象に据えるのはあくまで個人的宗教で、制度的なものではないというスタンスが浮かび上がる。神的なものを感じるという内的体験はどこから来るのか、どのような精神状態がもたらすのかという問題をめぐって考察が展開することが、ここで宣言されているわけなのだけれど、ジェイムズはさしあたりここではそれを「宇宙を受け容れる仕方」と規定し、その際のありようを、ストア派の哲学者とキリスト教の聖者でもって対比してみせている。前者の代表とされるのはマルクス・アウレリウスで、その受け容れ方は「冷たい」「情熱と歓喜がない」とされる。一方の後者は、『ドイツ神学』なる文書の14世紀の逸名著者に託されている。そちらは「高級な感情の興奮をもって」(「熱く」?)受け容れるとされている。その差異は、前者が神の計画(宇宙のありよう)への同意、後者が神の計画との合致呼応だとジェイムズはまとめてみせる。うーん、だけれど個人的には、マルクス・アウレリウスの構え方にも、抑制されてはいるのかもしれないが、どこか沸々とした熱いものが感じられないわけでもないと思われるのだが……。確かに、表出の違いはあるだろうし、受け容れに際しての感覚の巻き込みをどれほど伴うのか、という点の違いもあるのかもしれないが、その「熱いか冷たいか」というテーマ系自体にも、内実を開いて細やかな分析を施すことができそうにも思える。また、そうした感情の巻き込みがどこから生じるのかという、よりストレートな問題設定も当然ありうるだろう。そんなことをツラツラ思いつつ、次の章へ……。