中世の災害:中東の場合

少し中世に関しても、災害の記述などを見てみたいと思っているのだけれど、とりあえずは参考文献から集めていくことにしたい。で、今回はいきなりちょっと脇から入る感じで(笑)、中東についての論考を見てみた。アンナ・アカソイ「人災:中世の中東における都市火災」(Anna Akasoy, ‘The Man-Made Disaster: Fire in Cities in the Medieval Middle East’ in “Historical Social Research”, vol.32(3), 2007)というもの。中世アラブの文献に見られる災害の記述を、とくに都市の火災に絞ってまとめた報告。興味深いのは、最初に序文として災害全般についての言及があり、おおよその全体像がうっすらとわかる点。ポイントをピックアップしてみると……。

  1. ・古典アラビア語には、個々の災害を表す言葉はあっても、一般的な意味での「災害」と訳せる語がない。
  2. ・ギリシアから受け継いだ自然哲学では、地震などの自然現象は人的影響から切り離された形で扱われている。
  3. ・コーランなどでは、災害は民族への罰として言及される。神は自然現象を通じてメッセージを発する、云々。また人的災害もそうした文脈で語られる場合がある。
  4. ・災害で亡くなる人々が殉教者とされる場合が多い。

なるほど、宗教的な解釈が主となっていることが改めてわかる。ここから個別の都市火災へと話が入っていくのだけれど、そちらになるとまた別の文脈が出てくるようだ。史書に見られるものとして、戦争による火災以外としては市場の火災(不注意による)についての言及があるというが、一般的な法的規制はかけられているものの、予防措置のようなものはごく限られた記録しかなく、また特定個人の責任を問うて負債を課すのも、もとの規制の違反者に限定されているという。また火災は広範囲に及ぶことも多かったようで、復興に際しては、為政者が英雄神話のようなものを作り上げて政治利用する場面もあるのだとか。消火活動で自警団が活躍したことなども記されているらしい。なるほど、なにやら様々な面で現代の災害時の光景に重なっているようで、そのあたりがとても人間くさくて面白い。逆にアラブ世界に特徴的な面というのが、あまり浮かび上がってこない印象も。とはいえ、さほど多くは残されてないらしい史料から様々の側面をピックアップしている点ではなかなかの労作とも言える。西欧についてのものもふくめて、類似の研究にどんなものがあるのか、順次調べていくことにしたい。