『チェーザレ』の監修者でもあるダンテの専門家、原さんのツィートで知ったのだけれど、9月14日はダンテの命日(さらにチェーザレ・ボルジアの誕生日でもあるらしい)。ダンテの没年は1321年なので、今年は没後690年か……というわけで、これを記念し、ちょっと予定を変更して未読のオンライン公開文献にいくつか目を通してみる。基本的に古いものばかり。『神曲』の中のオルフェウスの位置づけをめぐる論考とか、同書での教皇ケレスティヌス5世の扱い(ダンテによれば、教皇職に背く形で退位したとされ、地獄に置かれている)をめぐる論考とか。基本的に、『神曲』内に誰がどう位置づけられているかというのは、昔から様々に論考の主題になっているらしいことが垣間見えて興味深い。
で、個人的にとりわけ面白く読めたのがパスクアーレ・アッカルド「ダンテと医学 – 濫用の領分」という短い論考(Pasquale Accardo, Dante and Medicine – The Circle of Malpractice, Southern Medical Journal, vol.82:5, 1989)。『神曲』の中には意外に医学に関する言及がないと指摘する著者は、さしたあり医学関係者が作中のどこに位置づけられているかを抜き出してみる。天国編にペトルス・ヒスパヌス(のちの教皇ヨハネス21世)とタッデオ・ディ・アルデロット(ボローニャ大学でアラビア医術の紹介に従事した人物。ダンテも講義を聴講しているかもという話)、地獄編にはマイケル・スコット(フリードリヒ2世に仕えた学僧だが、魔術を信奉したとされる)、ディオスコリデス(薬草学の始祖の一人)、ヒポクラテス、ガレノス、アヴィセンナ、アヴェロエスなどが名を連ねている。マイケル・スコット以外は皆異教の者として第一の階層(リンボ)に置かれている。で、著者はそれらのセレクションが医学以外の部分でなされていて、ダンテが医学をどう見ていたかは明らかになっていないと断じ、別筋のアプローチを提案する。その鍵が、ソドミーでもって断罪されている登場人物たちだという。『神曲』でのソドミーが近代的な性的倒錯の意味ではなく、より広義な聖書的意味での倒錯なのではないかという説(Kay説)に従い、どうやらその断罪されている人々は、おのれの職務において本来の目的に才を使わず、売名その他の逸脱した行為に手に染めているらしいことが示唆されているのではないかという。文法家のプリスキアヌスが地獄にいて、同じく文法家のドナトゥスが天国にいるのも、前者があまりに衒学的な著書を記し、後者が平坦な入門書を記したからではないか、と(笑)。で、ダンテ自身、医者・薬剤師のギルドに入っていたことを記して論考は閉じられている(ギルド加入はプリオーリ、つまり行政府の高官になるために必須の条件で、詩人にはギルドがなかったためか(笑)、ダンテは医者・薬剤師のギルドに入ったのでは、と……)。いや〜なかなか面白いっすね、このあたりの話。