ブーデ『科学と魔術の間』は3章・4章。話は占いから12・13世紀の魔術のほうへと向かっていく。12世紀初頭、マルボデゥスの詩『宝石博覧記』(Lapidaires)が石の神秘的力を説き、また同時期のコンスタンティヌス・アフリカヌス訳のコスタ・ベン・ルカ『結びつきの自然学について』(De physicis ligaturus)が医術での魔術の利用(ほとんどプラシーボ効果の先駆のようなものだというが)を説いていたころには、まだ魔術的な作用の説明はほとんどなされていなかったという。それが学問的世界で漸進的に理論化されていく。かくして13世紀にはオーベルニュのギヨームが初めて「自然魔術」という概念を導入する。それと同時期、カスティーリャのアルフォンソ10世は『ピカトリクス』の翻訳を支援し、また同じく支援した翻訳ものの『ラジエルの書』ではユダヤ教の魔術が紹介されたりする。で、アルフォンソ10世はそうしたオカルト学のプロモーターとして一躍その名を轟かせる……。
ヘルメス主義的魔術(占星術がらみ)とソロモン流魔術(いわゆる黒魔術系)の区別とか、いろいろ興味深い話も紹介されているけれど、そのあたりをいったん置いておくと(苦笑)、13世紀の特徴となっているのはやはり、占星術や魔術の裾野が聖職者階級から世俗のほうへと広がったことだとされる。とくに君主や宮廷の中にそういった動き、たとえば占星術の政治利用などが見受けられるようになっていく。フリードリヒ2世などだけれど、その最たる存在はやはりアルフォンソ10世だったというわけで、同書の3章4章では同カスティーリャ王が繰り返し言及されている。
で、これに関連して、アレクサンドラ・ワレコ「アルフォンソ10世、占星術、および王権」(Alexandra Waleko, Ssegunt natura de los cielos e de las otras cosas spirituales: Alfonso X, Astrology, and Kingship, Haverford College, Senior Thesis Seminar, April 2011)という論文を眺めてみた。これによると、アルフォンソの収集・編纂した文献の多くは占星術関連書が占めているものの、従来のアルフォンス研究ではそのあたりのことが意外に考慮されていないという。アルフォンスの占星術への傾倒は個人的なものというよりは政治的なもので、星辰に神のメッセージを読み取るという占星術の基本的な世界観を援用し、みずからの権威・権力を正当化しようという意図があった……そのことを、当時の政治状況やら占星術の学的・社会的受容をもとに、アルフォンソが関わった書(七部法典、十字の書、八つの希望の書)の細かな分析を通して浮かび上がらせようというのが論考の主旨。若干結論が先走っている感じもしなくはないけれど、社会との関連で占星術を捉えようという点がブーデ本と呼応しあう。