アルキノオスという人物が著したとされる『プラトンの教義の教え(Διδασκαλικὸς τῶν Πλάτωνος δογμάτων)』という書があるのだけれど、これの希仏対訳本(“Enseignement des doctrines de Platon”, éd. John Whittaker, Les Belles Lettres, 2002)を少し前に購入したので、早速読み始めているところ。一種の概説書らしく、文体的にも割と平坦に書かれている印象だ。哲学の区分からその下位区分へというふうに下っていきながら、学知の体系を全体から個別へと見渡して、それぞれについて語っていくという趣向。中期プラトン主義の書とされているのだけれど、同じ中期プラトン主義のほかの概説書と比較してみるのも一興かもしれない。
ジョン・ウィテカーによる序文によると、著者のアルキノオスの名は長らくアルビノスと同一視されていたのだそうだけれど、この同一視は今では確証はないとされているという。ストア派にアルキノオスという名前の人物がいたという話もあり、ストア派とプラトン主義は紀元前1世紀ごろから相互に接近し、やがてプラトン主義が権勢を誇るようになったという経緯もあることから、それがこの著者ではないかという可能性もあるのだとか。またもう一人、アルキノオスという名の人物が、今度はプラトン主義の陣営内にいたという話もあり、そちらが著者である可能性もあるのだそうだ。うーん、なかなか悩ましい。また、年代的な位置づけも難しい模様。『プラトンの教義の教え』の一部がアリウス・ディディムスからの引き写しで、ディディムスは皇帝アウグストゥスとの親交があったとされることから、同書の成立の下限は1世紀以降だとされるものの、上限は特定が難しいという。同書の中身は新プラトン主義的ではないというものの、中期プラトン主義が新プラトン主義へと道を譲る過程はゆるやかだったことを踏まえると、アルキノオスがプロティノスの同時代人だった可能性すらあるかもしれないとのこと。